技術改良し早期収穫実現

 クリスマスケーキを彩る真っ赤なイチゴ。今や、冬の果物としてすっかり定着し、6月ごろまで甘い食感を味わわせてくれます。

 そんなイチゴの本来の旬は、実は5月ごろ。市場ニーズに対応するため、品種開発や栽培方法の進化によって収穫時期が徐々に前倒しされてきました。販売額13年連続日本一を誇る栃木県産のイチゴにも、努力の積み重ねの歴史があります。

 ■ 早生の女峰 転換点 ■

 栃木県農業試験場栃木分場いちご研究室によると、露地栽培されていたころの収穫時期は、5月中旬から6月上旬。「昭和30年代から、少しずつ早める技術が組み立てられた。トンネル栽培、ハウス栽培、高冷地育苗、株冷蔵など、さまざまな方法が生まれました」といちご研究室の植木正明さん。

 4月、3月、2月…と前倒しされましたが、当時主力だった「ダナー」は早期出荷に限界がありました。技術的な転換点を迎えたのは1985年。早出しの操作をしなくても12月中旬から収穫できる早生(わせ)の「女峰」の登場です。

 「当時の目標はクリスマス出荷だったので、外観もきれいな女峰は爆発的に広まりました」(植木さん)。福岡県産の「とよのか」と全国を二分し、「東の女峰、西のとよのか」と称されるほどの高い人気でした。

 ■ とちおとめの誕生 ■

 しかし、89年、作柄が不安定となり単価が下落、販売額で福岡県に抜かれました。「とよのか」に対抗するため大粒品種の必要性も高まり、大玉で甘みの強い「とちおとめ」が誕生しました。

 女峰以降も、技術の改良は進んでいます。植木さんは「クリスマスに出荷のピークを合わせるためには花芽を早く形成することが必要。花芽の分化を促すために、寒さと短い日長時間、つまり秋の気候を人工的に作り出す方法が導入されました」と説明。夏場にクーラーで冷やす夜冷育苗が普及し、現在では11月上旬からの出荷が可能です。

 JAはが野いちご部会長の舘野義明さんも、さまざまな栽培技術を駆使し、高品質なとちおとめづくりに取り組んでいます。

 ■ 気温と肥料に注意 ■

 広々としたハウスには電灯やカーテンなどを完備。「イチゴには寒いと成長が緩慢になる“冬眠”の特性があるので、人為的に暖かくして春の環境を与えます」。成育を促進させるため、その日の天候を見ながら夜間に電照したり、カーテンをかけて保温しているそうです。

 肥料管理にも細心の注意を払います。「イチゴは肥料を与えすぎてもダメ。成育状況を把握し、障害が出ないようにしています。気の抜けない日が続きますが、いかに早く甘いイチゴを作るかという楽しみがあります」と舘野さん。栽培には手間がかかりますが、笑みには充実感が漂います。

 農家や試験場、各JAなどの努力によって、改良を続けてきた県産イチゴ。ライバルだった福岡県を大きく引き離しました。

 暮れから2月にかけて、いよいよ旬を迎える県産イチゴ。「果実が大きくなるまでの日数が長いと、甘さが増えます。冬の冷え込みがある方がじっくり育って、甘さが乗るんですよ」と舘野さん。平年並みの寒さが予想される今年は、より甘みの増した味わいを楽しめそうです。

 [写真説明]「しっかり手入れして育てて、収穫するときの喜びは他に代え難い。収穫や選果は毎日の作業で大変ですが、やりがいのある作物です」と話すJAはが野の舘野さん=真岡市

 【安全安心への取り組み】イチゴの安全性確保のため、今年から全県共通のGAP(農業生産工程管理)が導入された。GAPは安全な農産物を生産するための作業ポイントを整理し、実践、記録、点検、改善を繰り返す生産工程の管理手法。本県では、農薬適正使用の8項目、品質向上の21項目の計29項目を、生産者がチェックしている。


◇◆◇ 雑学辞典 ◇◆◇ イチゴ編

  • 歴史 欧州では古くから野生イチゴを利用しており、14世紀には栽培が始まっていた。日本でも平安時代に野生種が利用されていた。江戸時代にオランダから、明治時代には米国から栽培種が持ち込まれ、明治末期から大正時代になると、本格的に生産されるようになった。

  • 分類 「木になるのは果実、1年以内に収穫するのが野菜」なので、園芸学や農林水産省の統計上は「野菜」になる。ただし、総務省の家計調査などでは「果物」として扱われているという。このため、「学問的には野菜、生活感覚では果物」ということになる。

  • ベリー 英語の「berry」(ベリー)は「小さい果実」の意味。「strawberry」(ストロベリー)は、(1)苗の周りにstraw(麦わら)を敷いて栽培していた(2)わらのように水を吸う(3)「散らかす、一面を覆う」を意味するstrew(strawの古語)に由来する−などの諸説がある。


 コラムオアシス 栃木のイチゴ

 年末の大イベント、クリスマス。私が子供のころクリスマスの朝に目を覚ますと、枕元にお菓子が置いてあったのを思い出します。

 このクリスマスに欠かせないのがケーキ。ケーキに欠かせないのがイチゴ。冬の果物の代表といえばミカンだったと思いますが、今はイチゴに代表の座を奪われているのではないでしょうか。

 子供のころは酸っぱくて、牛乳と砂糖をかけて食べたものです。それが今は大きくて甘く、そのまま食べられて、本当においしいと思います。

 日本一の産地になった栃木県、その栃木県のイチゴ発祥の地が足利だといわれております。足利市御厨地区の仁井田一郎氏(当時町会議員)は町の農業振興に新しい作物の導入が必要と考え、町議会に提案しました。1950年、町議会の農業視察団の一員として、静岡県内の農協に視察研修に行った際、イチゴの苗8本を持ち帰り栽培したのが始まりと聞いています。

 仁井田氏はその後議員を辞任し、御厨町農協参事に就任し、本格的にイチゴの産地化を目指しました。58年には同志とともに日光戦場ヶ原で高冷地育苗を試行し、年内収穫を成功させたと記録にあると聞いております。

 クリスマスケーキを家族で食べながら、イチゴの昔に思いをはせらせるのもよいのではないでしょうか。

(JA足利代表理事組合長 古郡長三郎)