ドラマや映画などの音楽で活躍する菅野祐悟さん (C)松井康一郎 ワンミュージック

 高根沢町出身の人気作曲家菅野祐悟(かんのゆうご)さん(42)は、数々のドラマや映画で音楽を手掛けている。父忠雄(ただお)さん(70)と母安子(やすこ)さん(71)に子育てを振り返ってもらった。

 忠雄さん 私は若い頃からオーディオが趣味で、オーディオルームを作ったほどです。妻はギターが好きで、祐悟がおなかの中にいた時もギターを弾いてました。わが家はジャズ、クラシック、映画音楽などが常に流れていて、祐悟は音楽が当たり前にある環境で育ちました。

 安子さん 自由に歌い、楽器を弾けるようになりたいという私の思いを託し、祐悟は4歳からギターとピアノを習い始めました。小学生になる時にどちらか選ぶことになり、祐悟はピアノを選びました。習い事はピアノ以外、長続きしませんでした。

 小学1年生になると、先生に作曲も行うコースを勧められ、作曲の宿題が膨大に出るようになりました。私は子どもの自主性を重んじて放任でしたが、ピアノに関しては厳しかったです。ピアノは毎日弾くことが大切。「遊ぶのはピアノの宿題が終わってから」と言っていました。祐悟も嫌と言わずに、終わると飛ぶように遊びに行っていました。

菅野忠雄さん
菅野安子さん

 

 忠雄さん 私たちはいろんなジャンルの音楽を聴いてきたので、音楽のことは分かっているという自負があり、祐悟の曲の“評音”をよくしていました。祐悟は自己表現が豊かな子でした。他の子とは違う感情表現を持っていて、優しい感情が入った曲を作ると思っていました。

 小学生の頃の性格は気が弱く、優しい子でした。けんかをしても、手を出したり、やり返したりはしませんでした。通っていた幼稚園がさまざまな障害児を受け入れる園で、弱者に優しくしなければならないという教育を受けてきたからかもしれません。

自宅でギターを弾く4歳の祐悟さん

 安子さん 私は祐悟の作曲の才能には気付かなかったです。通学路でザリガニを取ったり、家でウサギを飼ったり、テレビアニメを見たり、休日はサッカーをしたりと、普通の子でした。

 学校の成績は小中学生の時はまあまあでしたが、高校生になると音楽漬けで勉強をしなくなりました。音楽だけは自分で先生を見つけてきて、とにかく自主的にやっていましたね。

 忠雄さん 勉強に関してはうるさく言いませんでした。社会に出た時にどれだけ力を出せるかが大切で、学歴は重要ではないと思っています。