テレビや映画に大活躍の福田雄一監督

 映画「銀魂」シリーズやテレビドラマ「今日から俺は!!」などの監督や脚本を手掛け、ヒットメーカーとして飛ぶ鳥を落とす勢いの福田雄一(ふくだゆういち)監督(51)。父福田三雄(みつお)さん(79)と母治子(はるこ)さん(75)に子育てを振り返ってもらった。

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三雄さん 雄一は今でこそがっしりと大柄なので信じられないかもしれませんが、子どもの頃は小児ぜんそくで体が弱く、ガリガリでした。夜中に発作を起こすので、朝起きられず、幼稚園に行けたのは半分くらい。家で、大好きなNHK教育テレビ(現在のEテレ)をずっと見ていました。

4歳の頃、鹿沼市の親戚宅で遊ぶ福田監督

治子さん 夫が新聞記者だったので、よく家に取材関係者が飲みに来ていました。雄一は大人の話をじっと聞いていて、子どもなのに大人っぽい口の利き方をするところがありました。

 優しいのが取りえです。悪口を言うことがなく、私たちが怒ることもさほどなかったです。幼稚園から中学生まで、私の母が10年間同居し、おばあちゃん子だったからかもしれません。

 

三雄さん お笑い好きな私の影響で、小学生の時はザ・ドリフターズやクレージーキャッツが好きでした。コメディー作品を生み出すきっかけになったかもしれません。テレビ番組「お笑いスター誕生!!」を見るため、土曜日の昼は学校から飛んで帰ってきていました。お笑い番組を録画するため、ビデオデッキが普及していない時代にVHSのデッキを買いましたね。

 とんちが利いて、小学2年生の時に「来年は小児ぜんそく治るんだよね」と言ったのを覚えています。小児と小2をかけていたんです。「面白いことを言う子だな」と思いました。

治子さん 雄一の笑いのセンスは父(三雄さん)譲りだと思います。夫は何でも面白おかしく話し、相手を飽きさせないので。雄一は小学4年生頃から、学芸会で脚本を書いて、友だちとコントやヒゲダンスを披露して、見に来た保護者を笑わせていました。

三雄さん 文章力は小さい時からありました。私が何か教えることはなかったので天性のものです。小学5年生の時、卒業式の送辞を書いたのですが、あまりにも文章がうまく、先生から父親が書いたのではと怒られたそうです。読ませてもらったら、私でも書けないと思うくらいうまかった。夏休みの日記は、なかったことをさも体験したかのようにうそを書いてましたね。創作力は子どもの時からあったようです。

福田雄一監督の母・治子さんと父・三雄さん