3・11特別編(下)はこちら

 東日本大震災から10年-。そこで、はぐくもっとは気になる話題をアンケートで掘り下げる「子育てリサーチ」3・11特別編として2週にわたって防災について考える。今回は無料通信アプリLINE(ライン)の「はぐくもっと」登録者に震災当時困ったことを改めて思い起こしてもらった。家屋倒壊など直接的な被災がなくても、「ライフラインが使えない」「ガソリンが不足した」など生活に影響が出た人は多くいた。また、子育て中だった人は避難所に行くことを諦めたり、おむつが手に入らず困ったりと子育て中ならではの困難があったようだ。

 


 アンケートは2月中旬に行い、27~69歳の男女37人が回答した。東日本大震災の時に困ったことを聞いたところ、最多は同率で「ライフラインが使えない」「生活用品やガソリンがない」だった。計画停電で寒さ対策など日常生活に不便が出た人という人が多かったほか、断水で給水車に数時間も並んだ人も。また、車社会の本県で特に深刻だったのはガソリン不足。手に入れるためガソリンスタンドに何時間も並び難儀した人が多く、確保できず職場に寝泊まりしたという人もいた。
 子育て中や妊娠中ならではの苦労もあったようだ。「避難所へ行くように言われたが、子どもが静かにできない。私も妊娠中で衛生的にも人混みも避けたかったので、避難所には行けなかった」「おむつやミルクなど、どこに行っても買えなかった」というコメントのほか、放射線量を気にせずに子どもを遊ばせたことを悔やむ声や、計画停電で暖房器具が使えない中で妊娠中のおなかを冷やさないように気を付けていたなどの声があった。
 いつ来るか分からない地震。10年前の教訓を生かし、日頃から備えを怠らないようにしたい。

 「地震直後、夜まで家族と連絡が取れず、職場で不安な時間を過ごした。携帯電話の電池がなくなることが不安で、あまり情報を調べることもできなかった。食料、飲み物の備蓄が少なかったため、2日後あたりから遠方までまとめ買いに行った」

(宇都宮市、32歳女性)

 「いつまた地震が来るかと恐怖感が強く、生まれたばかりの孫を預かって不安な毎日で、1カ月で5キロ痩せた。しかし東北の方を思えば、こんな悩みは申し訳ない」

(さくら市、69歳女性)

 「計画停電で暖房器具が使えないことが困った。昔使っていた石油ストーブがあったので良かったが、季節によって考える必要があると感じた」

(宇都宮市、31歳女性)

 「ガソリンがなくて仕事に行けなくなった」

(宇都宮市、34歳女性)

子育て・妊娠中

 「那須塩原市のマンションに住んでいて、水道、電気はストップし、トイレもエレベーターも使えなくなった。避難所に行くように言われたが、子どもが4歳で静かにできないことやお漏らしも心配。私も妊娠中で人混みを避けたいので避難所には行かなかった。原発で爆発が起きてからはデマが流れて翻弄(ほんろう)された。避難や対処をどうしたらいいのか情報が乏しかった。風向きで放射性物質がどの方向に飛ぶのか発表がなく、ホットスポットにいてしまった」」

(大田原市、40歳女性)

 「断水したので自衛隊の給水車に4時間並んだ。停電時はカセットコンロで調理した。車の給油に8時間並んだことも。やはり、小学生だった子どもの精神的不安が一番困った」

(真岡市、55歳女性)

 「当時子どもは2歳。放射線量の問題があったが、重大な問題だと思わずに外で遊んでいたことが悔やまれる。『外で遊ばないでください』ときちんと言ってほしかった」

(那須塩原市、40歳女性)

 「4月に出産予定だった。計画停電で暖房器具を使えない時間があったため、とにかくおなかを冷やさないよう湯たんぽを使うなど、とにかく赤ちゃんが無事に育つよう気を付けた」

(宇都宮市、38歳女性)

 「当時3歳の娘を保育園に預けていたが、地震直後は電話がつながらず、私は遠い職場から身動きも取れず、保育園と連絡が取れるまでは不安だった。保育園と連絡が取れる前に、近くに住む祖父母が余震の危険を顧みず、歩いて娘を引き取りに行ってくれていて、本当にありがたかった」

(下野市、38歳女性)

 「1歳と2歳の子どもがおり、おむつやミルクなどどこに行っても買えなくて大変だった」

(小山市、36歳女性)