戦隊ヒーローのヘルメットをかぶった4歳ごろの弘幸さん

 好美さん 私は65歳で退職するまで、東京の小学校まで片道一時間半の通勤でした。朝は2時、3時に起きて夕食も作り、帰宅は午後8時くらいになる忙しい毎日でした。私が引率で修学旅行に行っていた時に「ひろ君が熱を出した」と学校から電話があっても行ってあげられず、運動会も重なって見に行ってあげられなかった。仕事柄仕方がないですが、切なかったですね。

 仕事と子育てを両立するため、工夫もしていました。音読の宿題はカセットテープに録音しておいてもらい、私が帰宅後にそれを聞いてチェック。学校からの手紙や連絡帳を出し忘れることもあったので、子どもが寝てからランドセルの中を点検し、朝に見たことを伝える。親子で忘れっぽいので、体操着はあらかじめ3組用意。家にないと思ったら、学校のロッカーに3組あったという笑い話もありました。

「保育園の頃は、ちゃんちゃんこのひもと戦隊ヒーローが好きだった」と思い出を語る昭博さん(右)と好美さん

 忙しい私を助けようと、ひろ君は毎日学校から帰るとお米をといで、炊飯器にセットする手伝いを中学1年生まで続けてくれました。きっかけは小学2年生の時、公民館で子どもたちが集まって行われたカレー作り。子どもがみんなお米とぎをやりたがったので、ひろ君に「帰ったらさせてあげるから、今は我慢してね」と言ったら、毎日やってくれるようになりました。

 ある日、帰るとお米が流しに捨ててあったことがあったのです。もったいないと思わず怒りそうになりました。でも、ひろ君は得意満面で「炊いておいたよ」と笑顔。失敗した感覚ではないのです。私はわれに返って、かっとしていたらこの笑顔は見られなかった、怒らなくて良かったと思いましたね。後で理由を聞くと、水の分量を間違えたからお米ごと捨てたそうです。ひろ君の笑顔にはいつも救われました。

 昭博さん 中学校では友達と野球部に入りましたが、すぐにやめたいと言い出しました。先生には「部活をやめたら不良になる」と言われましたが、やめても新しい道があるだろうとやめさせました。帰宅するとテレビを見たり、漫画を書いたりしていましたが、不良にはなりませんでした。

 好きこそ物の上手なれといいますよね。やりたいことには反対しません。自分の決めたことには一生懸命になります。でも、やってみてやめたくなったら無理はさせません。続けてもやらされている感覚になってしまうからです。親はいつも子どもの味方になって見捨てないことが大切だと思います。

 好美さん 塾などの習い事は一つもせず、普通の子で、脚本家になるとは思いませんでした。体が資本の仕事。人に好かれ、健康に留意して、みなに愛される作品をこれからも作ってほしいです。

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弘幸さんの食事

好物=肉、のり玉
嫌いな食べ物=キノコ、貝類

 「幼児の時は肉とのり玉しか食べず、好き嫌いがありまた。ひき肉に納豆を入れて炒めたりと、少しずつ食べられるように工夫しました」(好美さん)

忘れられないエピソード

「保育園で靴隠しがはやった時がありました。バスに乗って帰ってくるのですが、ひろ君の靴が隠されてなくなっていたそうです。でも泣いたり、先生に言いつけたりせず、『ないなら構わないや』と上履きのまま帰ってきました」(好美さん)