歌手として活躍する堀優衣さん

 テレビ東京の番組「THEカラオケ★バトル」で10冠に輝き、歌手として活動の幅を広げる足利市出身の堀優衣(ほりゆい)さん(19)。父裕介(ゆうすけ)さん(58)と母智子(ともこ)さん(58)に子育てを振り返ってもらった。

 智子さん 誰にでも優しくでき、優しくされる子になってほしいと思い「優衣」と名付けました。結婚して10年がたち、なかなか子どもができずに諦めようかと考えていたタイミングで妊娠が分かりました。当時、自宅を設計し始めていたのですが、慌てて子ども部屋を追加したくらいです。

 幼い頃の優衣は、とにかく臆病でした。水が苦手で髪の毛を洗うのも嫌がりましたし、鬼が怖くて半年前から幼稚園の豆まきにおびえていましたね。

5歳ごろの優衣さん(右)

 裕介さん 子どもができるのが遅かった分、話し合う時間はたっぷりあったので「子どもができたら一つでも得意なことを伸ばしてあげよう」と決めていました。絵画や習字、バレエ、水泳などいろいろな習い事をさせましたが、その中で行き着いたのが歌でした。

 智子さん 祖父が詩吟の先生をしていた影響で、小さい頃から歌が大好きでしたし、とても上手でした。1歳になる前、まだおしゃべりができないのに、童謡の「ぞうさん」に合わせて「ぞー、ぞー」と歌っていました。歌の才能はおじいちゃん譲りだったのかな。せっかくなら人前で歌わせてみようと思い、小学1年から足利市内の健康ランドで演歌を歌っていました。

 とちぎテレビの番組に出演することが決まると市内の歌謡教室に通い始め、小学4年の時に群馬県太田市にある「おおた芸術学校」の合唱部門に参加しました。その頃には地元のイベント出演やディナーショーの前座などのお仕事をいただき、少しずつ声を掛けていただけるようになりました。

堀裕介さん(左)、智子さん

 裕介さん 英語ができると将来の選択肢が広がると考え、太田市にある「ぐんま国際アカデミー」に通わせました。この学校では日本人とネーティブの先生が2人一組でクラス担任を務めており、文部科学省認定の教科書をわざわざ英訳して授業の大半を英語で行っていたため、自然と英語が身に付きました。

 音楽の授業も充実していました。吹奏楽では1人一つの楽器を習うため、フルート演奏も特技の一つとなりました。発表会ではクラシックに限らず、ポップスやジャズ、ロックなど幅広く演奏していましたね。