歌橘が本格的に落語家を目指すようになったのは、中学生の頃だと思います。上級生を送る会で落語を披露したら受けて、自信を持ったみたいです。中学3年になると、内弟子にしてもらおうと何人かのご師匠さんのところへ手紙を出していました。

ケーキを前に妹と一緒に笑顔を見せる歌橘さん(右)

 縁があって(3代目)三遊亭円歌(さんゆうていえんか)師匠の内弟子にしていただけることになりましたが、師匠に「せめて高校は出なさい」と言われました。本人は中学を卒業したらすぐに上京するつもりだったので高校受験の準備をしていなかったのですが、なんとか高校に入学できることになりました。

三遊亭歌橘さんの幼少期を振り返る恩田稔さん

 高校生になると、土日は東京の師匠のご自宅に出向いて稽古するようになりました。高校生と落語の修業の両立は大変だったと思いますし、学校が嫌になった時期もあったようですが、先生や友達の支えもあって高校を卒業することができました。今でも学生時代に仲のよかったメンバーとは、帰省のたびに集まっています。

 高校を卒業し、内弟子として住み込みで稽古に励むため上京しました。でも何度か師匠に怒られ、破門と言われたこともありました。そんな時は足利に帰ってきて、祖母に弱音を吐いていたのかな。ほとぼりが冷めると師匠のところに戻って稽古する、の繰り返しでした。

 実は1度だけ、「会社に入っていいか」と聞かれたことがありました。でも、好きなことしかやらない性格だというのは重々承知していたので、うちの仕事はとても任せられないと断ってしまいました。

 二ツ目になって舞台に上がるようになると、私たちも聞きに行くようになりました。歌橘の祖母は目が悪かったこともあり、最前列に座って双眼鏡を使って舞台を見ていて、他のはなし家さんに笑われたこともあったみたいですね。

祖母が仕立ててくれた着物を着る歌橘さん

 本人なりに苦労したとは思いますが、若手の頃から全国区のテレビにも出させてもらい、はなし家の中では恵まれているように思います。

 最近では地元でも練習生を募って、独演会をちょくちょく開いています。真打ちになって10年がたちましたが、最近は聞いていても上手になったなと感じています。感謝を忘れず、これからも頑張ってほしいです。

 

もっと聞きたい!

■好きな食べ物

 すし、唐揚げ

 「特にイクラが大好きで、おすし屋さんで大騒ぎするので一度に2キロ頼んで食べさせたこともありました。小さい頃に食べ過ぎたからか、今ではあまり食べないみたいです」

■家族のエピソード

 「歌橘が小学生の時は、親子そろってプロレスが好きでした。当時はマスクレスラーがはやっていたので、2人で電車に乗って上野のレスラー用マスク専門店へ遊びに行ったこともありました」