復員した3番目の兄が終戦当時13歳だった私に買ってくれた筆入れを、今でも大切に持っています。
兄は、カーキ色の筆入れのふたに私の名前を彫ってくれました。それを何度も指先でなぞり、もったいなくてしばらく使えないでいたことを覚えています。
兄のお下がりの服や母が縫った着物は他の布と縫い合わせて、テーブルクロスや鏡台掛けにして今も使っています。物を大切にする心がけは、戦時中の母の姿からおのずと学びました。
「敵の弾がどこから飛んでくるか分からない南の戦場で長兄がお国のために頑張っている。だから内地でも我慢するんだよ」。そう繰り返し聞かされました。
16歳年上の長兄は家族思いで、出征前には夜泣きをする妹を背負い、幼い私の手を引いて村の中を散歩に連れ歩いてくれました。
その長兄の戦死を伝える公報を涙一つ見せず受け取った母の姿が忘れられません。決して戦争をしてはなりません。