咲楽さん姉妹の幼少期を写真で振り返る力夫さん(左)と悦子さん

 悦子さん 芸能界に興味を持ち始めたのは中学生の頃、吉本興業の舞台を見に行ってからだと思います。学校祭の出し物で、当時はやっていた映画泥棒のまねをしたら、これが受けて。

 このあたりから人前に出るのが好きになり、明るくなって良かったなと思いました。中学2年の終わりにあった立志式では、「誰にも負けないお笑い芸人になる」と宣言していました。

小学校入学時の咲楽さん

 力夫さん 高校生になると「オーディションを受ける」と言い出して。あまり真に受けずに「受けたいならどうぞ」というスタンスだったのですが、1次、2次審査と次々に受かっていったんです。

 ある時「最終選考に残ってサイパンに行く」と言い出したので慌てて調べたら、それがホリプロタレントスカウトキャラバンだったんです。最終審査では周りが楽器演奏やダンスを披露する中、咲楽はコントをやり続けたんですね。みんなかわいいから、咲楽のアピールはある意味すごかったですね。

 悦子さん 特別賞と聞いて驚きましたが、本人がやりたいことでしたし、後悔してほしくなかったので応援することにしました。

 力夫さん 高校生の時は仕事の時だけ東京に行っていましたが、特に高校3年生で「おはスタ」(テレビ東京)に水曜レギュラーで出演していた時は大変でしたね。生放送が終わってそのまま新幹線に乗り、最寄りの駅から高校まで車で送っていました。普段から電車通学でしたが、朝が苦手で出席日数が足りず、補講を受けてなんとか高校を卒業できました。

 力夫さん オーディションに合格してからは「何かやらなくては」という思いが強かったのかもしれません。例えば国会傍聴は、幼い頃から興味があったわけではなく、自分の調べ物でやっていたみたいです。いろいろなところにアンテナを張っているからこそ、少しずつ仕事につながっているんだと思います。

自宅のお手製鉄棒で遊ぶ咲楽さん(左)

 悦子さん 食事にもこだわりがあって、今でも仕事以外はほとんど外食せず自炊していると言っています。実家に帰ってきた時には自家製のぬか漬けやみそ、梅干しをちょこちょこ持って行っています。

 力夫さん 仕事は頑張っているし、親に見られたくないこともあると思うので、私たちは口出しをしないようにしています。でも、本人もいろいろなことに興味があるようですし、いつ戻ってきてもいいようにしてあげたいですね。