2018、19年と2季連続で未勝利に終わった那須ブラーゼンは、今季の巻き返しに向けて新たに6人のメンバーを迎えた。中でも即戦力として期待がかかるのが、ヴィクトワール広島から移籍したプロ4年目の谷順成。昨季はJプロツアー(JPT)第15戦「群馬CSC交流戦9月大会Day-1」で待望のJPT初勝利を挙げており、新天地で臨む今季も「勝利だけを目指して走る。那須の全ての人たちと勝利の喜びを分かち合いたい」とエースとしての自覚は十分だ。

渡辺直明・文 荒井修・写真

エースとしてチーム引っ張れる選手に

 

―那須ブラーゼンの一員となった心境はいかがですか。

 僕が大学で自転車競技を始めたのは2014年ですが、その年の全日本選手権大会ロードレースで優勝したのが当時の那須ブラーゼンに在籍していた佐野淳哉選手(現・レバンテフジ静岡)でした。あの時、衝撃を受けたレースの優勝チームに入れたという嬉しさがありますね。

―ヴィクトワール広島から移籍に至った経緯を教えてください。

競技を始めた時から、ゆくゆくは海外の舞台で走りたいと思っていました。広島でプロのキャリアをスタートしましたが、将来に向けて異なる環境で新たな刺激を受けながらさらに成長したい思いが強くなりました。移籍先について多くのチームを見て回る中で、広島と地域密着という形態が近いことに加え、練習環境が整っている那須という地域、チームに魅力を感じました。また、下島(将輝)主将や柴田(雅之)選手は大学の頃から知っていて、とてもリスペクトしている選手たちだったので、同じチームで走りたいという気持ちもありました。

―ブラーゼンではどのような働きが期待されていると思いますか。

 チームからは、引っ張っていく立場でやってほしいと言われています。引っ張っていける、エースを張れる選手になれればと考えています。

 

小学1年で掲げた「プロ」「日本一」

 

―自転車競技を始めたきっかけは何ですか。

 高校時代まで本気でサッカーをやっていて、ポジションはゴールキーパーでした。残念ながら選手権大会もインターハイも県大会決勝で負けましたけど。大学1年の時はサークルで楽しくサッカーをやっていたのですが、大学の本屋で買った本がたまたま自転車ロードレースをテーマにした小説(近藤史恵著「サクリファイス」)でした。その本で初めて競輪以外の自転車競技の存在を知り、こんな世界もあるんだと興味を持ち、自分に向いているかもしれないと直感して大学2年から自転車部に入りました。偶然ですけど、あの小説の舞台が大阪の箕面で、うちの大学の練習コースと全く同じだったことも大きかったと思います。

―小説で新たな世界に魅力を感じても、自分でやってみようとなるにはかなり飛躍が必要と思いますが。

 サッカーをやる前、小学生の時にはバレーボールをやっていて県大会で優勝も経験しています。バレーボールを始めた小学1年の時に自分で定めた目標が「プロになる」と「日本一になる」だったんです。バレーボールでもサッカーでも、その目標をずっと追い求めてきましたから、サッカーをやめた後も「自転車で目標を追いかけられるかもしれない」と感じて挑戦を決めたという感じです。

―大学の自転車部ではすぐに結果が出ましたか。

 いや、全くです。最初のレースでは転びましたし、学生の中で一番下のカテゴリーでも完走できないくらいでした。2年のうちに何とか一つ上のカテゴリーに昇格してインカレに出場しましたが完走できませんでした。3年の時のインカレも完走できなかったので、とても順風満帆とはいっていませんね(笑)。4年の最後のインカレで14位に入れたことで、伸び始めたかなと思えましたけど。先日も大学の自転車部の同窓会があったんですが、当時の自分を知る人たちからすると、「まさかJPTで優勝するとは思わなかった」という感じだと思います。

―それでも大学2年から競技を始めて、その3年後には目標通りプロになったのですからすごいです。

 サッカーをやっていた当時、監督の教えで毎試合の内容をきちんと振り返り反省点を次の試合までに改善するということを続けていました。大学の自転車でも各レースで見えた課題を次のレースまでに改善していくプロセスをつくることができたので、一戦一戦重ねていく中で成長できたのかなと思っています。

(この記事はSPRIDE[スプライド] vol.35に掲載)