戦禍の残像 継がれる痛み ④中国残留孤児(下)

両国で生き、揺れる2世 母のため日本移住決断

 

 「気が付けば、中国よりも日本に住んでいる時間の方が長くなりました」

 

 中国残留孤児2世の今秀美(こんひでみ)さん(52)=那須町=は日本に住んで30年以上がたつ。初めて日本を訪れたのは2歳の時。終戦間際の混乱で、中国に取り残された母親の大沼(おおぬま)ヨシミさん(89)に連れられて来日した。

 

 その後もたびたび親子で日本を訪れるようになり、祖国で楽しそうに過ごす母の姿を目にした。

 

 「お母さんは本当は日本で暮らしたいのかも」

 幼心にも、うすうす感じたことを覚えている。

 

    ◇  ◇

 

 日本と中国の国交が正常化した1972年。中国に取り残されていた残留孤児の帰国支援が始まった。既に終戦から四半世紀。中国で結婚し、家族を連れて帰国する人もいた。

 

 秀美さん親子も何度か一時帰国はしたが、永住帰国には至っていなかった。

 

写真を見ながら思い出を振り返る秀美さん(左)とヨシミさんの2人
写真を見ながら思い出を振り返る秀美さん(左)とヨシミさんの2人