長かった梅雨も明けて、いよいよ夏本番。各地で花火大会など夏のイベントが花盛りになります。月イチ企画「Tochigi 人びと」、今回は花火をはじめ提灯、風鈴やお化け屋敷など、夏の風物詩を制作する〝陰の主役〟ともいえる人たちを紹介します。

絵模様描き 夏の彩りに一役

 

 
 
田中提灯店4代目
田中梅雄さん(59)

 

 

 藤岡町新波で100年以上続く田中提灯店の4代目。中学生のころから先代の父を手伝い、高校卒業後に本格的に家業に従事して約40年。「代々つないでもらった技術をなくしたくなかった」と、振り返ります。

 同店の提灯は「新波の提灯」と呼ばれ、県の伝統工芸品に指定されています。伝統の技術を生かしながら、提灯の形にあった江戸文字、それぞれの土地にまつわる絵模様などを描いているのが特徴です。修業中の次女麻梨さん(23)と作業を分担し、骨組に貼られた和紙に手書きで文字や絵を描き、油を塗って防水加工し、天日干しで乾燥させて仕上げます。一つ一つ手作りのため、需要が多い夏は、早朝4時から深夜11時まで作業することも。「大変なときもあるけれど、お客さまに喜んでもらえることが何よりもうれしい」

 祭礼や盆のほか、飲食店の装飾、海外への日本のお土産品など、提灯の用途は広がっています。名入り提灯は、子どもや孫の誕生祝いに喜ばれています。また、提灯の絵付け体験(出張体験会も可)などを通して、提灯の伝統や魅力を伝える活動も行っています。「古いものの良さを保ちながら、時代に合わせた新しい展開も考えていきたい」

(問)同店☎0282・67・2673。

 

 

お化け屋敷をプロデュース

 

 
 
「佐野生人形」古典人形師 
丸山工芸社 社長 柳誠さん(74)

 

 

 一目見ただけでゾクッとするような人形を制作。お化け屋敷の人形制作、企画、設営を行う全国でも数少ない会社としても有名です。1922(大正11)年に両親が創業。母方の実家は栃木市で山車人形を制作する職人の家。屋号の「丸山」は母方から。怪談の人形からお化け屋敷に転換。戦後は全国各地のお化け屋敷の設営を手掛けるように。

 ことし2月、近隣火災の延焼で事務所兼作業場が全焼。試練に直面しましたが、取引先から心配や励ましの電話が相次ぎ、すぐに立ち上がりました。「どんなに時代が変わっても、夏のお化け屋敷に求められるのは昔ながらの怪談。楽しみに待っていてくれる人がいるので続けていかないと」

 お化け屋敷は佐野市の道の駅どまんなかたぬま、宇都宮市のオリオンACぷらざで開催。

(問)(問)同社☎0283・62・0279。

 

 

千年の歴史が運ぶ涼の音色

 

 
 
「天明鋳物」天明鋳物師
栗崎鋳工所  栗崎総一郎さん(41 )

 

 

 風をとらえてちりちりと鳴り、涼を運んでくれる風鈴。千年以上の歴史を持つ佐野市の伝統工芸「天明鋳物」。鳥居や梵鐘、仏像から鍋や釜などの日用品までさまざまなものが作られてきましたが、風鈴もその一つ。

 「最近はご近所さんに配慮して音が小さく『甘い』音色のものが好まれている」と話す栗崎鋳工所の鋳物師栗崎総一郎さん。製作された風鈴は市役所や商工会議所、唐澤山神社でも聞くことができます。

 昨年から始められた唐澤山神社の納涼行事「風鈴参道~天明鋳物~涼音の杜」は、境内に取り付けられた約500個の風鈴の重なり合う音の響きを楽しめます。「豊かな自然に囲まれた唐澤山神社で、涼やかな音色に癒やされてほしい」
 唐澤山神社(富士町)の「風鈴参道」は8月25日まで。

(問)同所☎0283・22・0952。

 

 

色・形・音で夜空に彩り

 

 
 
花火師(花火職人) 
田熊火工 専務取締役   江森賢一さん(50)

 

 

 創業100年以上の打ち上げ花火の製造販売会社「田熊火工」。直径6~30㌢の花火玉を作り、花火大会で打ち上げています。優れた品質、演出が評価され、競技大会では多数受賞しています。

 花火が好きで同社の花火師になって約20年。オフシーズンは花火を作り、夏は現場で打ち上げ作業を行っています。

 花火作りはほとんどが手作業。火薬の調合、火薬粒など部品作り、玉皮という容器に部品を詰めて組立て、玉の外側にクラフト紙などを貼って乾燥させるなど、何工程もあり、完成まで3カ月以上かかるものも。「花火の色や形、演出は無限。花火の仕事は奥が深くやりがいを感じます」

 各花火大会に合わせた花火選び、打ち上げ方法、選曲など、構成や演出も重要な仕事。見る人の良い思い出に残るように「しつらいを考えている」と言います。

 「今夏も安全にきれいな花火を上げることに力を尽くします。ぜひ多くの人に楽しんでほしい」  

(問)同社☎0280・56・0654。

 

 

快適な一足へ…編み上げる

 

 
 
日光下駄職人 
 山本政史さん(64)  
 
 

 山本さんが日光下駄に出合ったのは、30代後半。当時ただ一人の職人山岡和三郎さんの後継者募集記事でした。「人がやらないならやってやろう」と応募し修業を積み現在に。

 江戸時代、社寺に参入する時は草履を履くしきたりでした。しかし雪や坂道の多い日光では不便なため、草履に下駄を縫い合わせた御免下駄を履いていました。日光下駄の原型です。この成り立ちからも「日光下駄は下駄ではなくあくまでも草履」だといいます。

 元来、女性が草履部分を編み男性が下駄部分の台木に縫い付けるという分業でしたが、山本さんは全ての工程を一人で作りあげています。いぶした真竹の皮で丁寧に編んだ草履を、軽くて柔らかい桐の台木に麻糸で縫いつけます。鼻緒はもち米のわらをつめ、草履を編むときに一緒に編み込むので履くほど足に馴染みます。夏はサラリと涼しく、冬は暖かい、気持ちのいい、いつまでもずっと履いていたい履き心地です。 

(問)山本さん☎090・2632・4888。