2019年11月21日
下野新聞 × ジャパンタイムズ
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東京から電車一本で行く静穏な自然と世界遺産社寺
日光スペシャル
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「日光の社寺」UNESCO文化遺産登録20周年記念

第6回世界遺産サミット 世界遺産の保存活用と地域連携

ライター
Cezary Jan Strusiewicz

※こちらの日本語の記事は、英文を翻訳したうえで、より読みやすくするために加筆しております。

徳川家康を祀った日光東照宮は精神的・歴史的な史跡として今も崇敬の念を集める

 11月21・22日の両日、栃木県日光市では国連教育科学文化機関(UNESCO)による「日光の社寺」の世界文化遺産登録20周年を記念し、第6回世界遺産サミットが開催される。今回のサミットの議題は世界遺産の保存活用と地域連携。

 11月21日は木造建築物を受け継ぐための伝統技術、東日本における世界遺産連携などの議論のための分科会に充てられており、22日は世界遺産とインバウンド観光をテーマに、幅広い議論が交わされる予定。京都国際観光大使と日光市政策専門委員を兼務する、小西美術工藝社のデービット・アトキンソン取締役会長兼社長が基調講演を担当する。

 日光市がUNESCOに認定されたのは1999年のこと。市内の二社(日光東照宮・日光二荒山神社)一寺(日光山輪王寺)とその周辺環境、延べ50ヘクタールの地域が世界文化遺産として登録を受けている。世界遺産「日光の社寺」は主として17世紀建立の建築物103棟からなるものの、その創建は遥かに古く、8世紀にまで遡ることができる。

二荒山(男体山の古名)を祀る日光二荒山神社

 その価値は歴史的意義に留まらず、建築と芸術の傑作であり、同時に重要な信仰の場ともなっている。輪王寺を例に取れば、日光三山すなわち男体山の本地仏である千手観音、女峰山の阿弥陀如来、太郎山の馬頭観音の三仏を本尊としている。同様に二荒山神社も男体山の古名である二荒山を祀っており、周辺で唯一の社として日光連山を境内地とする傍ら、山岳信仰の拠点ともなっている。

 日光の建築を挙げる上で特に見過ごせないのは日光東照宮であろう。徳川家康を神格化した東照大権現を祀る広大な神社は、鮮やかに彩られた55もの建造物で構成され、金箔を施された細密な彫刻が飾られている。日光東照宮の装飾には今日の貨幣価値で400億ないし1000億円もの巨費が投じられたとされており、これも日光東照宮の「日光の社寺」世界遺産認定の大きな要因となったのは、確かだと思われる。

日光山輪王寺大猷院霊廟二天門四天王像のうち持国天像

 UNESCOの世界文化遺産として認定を受けるのは、並大抵のことではない。現在、全世界で認定を受けている世界遺産は1,121カ所(うち、日本国内は23カ所)で、ブラジルのオウロ・プレトの歴史的街並み(文化遺産)から、オーストラリアのグレート・バリア・リーフ(自然遺産)まで、多種多様な遺産が登録されている。しかし、認定を受けるに当たって、それぞれが人類にとって「顕著な普遍的価値を有する」と見なされる必要がある。加えて、何らかの点で唯一無二の存在であることも求められる。具体的な要件については世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に規定されている。2004年に作業指針が改定されるまで、それぞれの候補地が世界遺産としての認定を受けるためには、文化遺産基準6件もしくは自然遺産基準4件のうち、いずれか1件以上を達成している必要があった。基準改定により、現在はUNESCOの定めた10件の要件のうち、いずれかを達成していれば認定対象となる。

 世界遺産「日光の社寺」は旧基準のうち3件を満たしていたため、登録を受けている。まず、壮大な建築物と息を吞む雄大な自然の見事な調和から、建築家の芸術的な才能を伺える。次に日光東照宮、あるいは大猷院霊廟に見られる独創的な造作は、江戸時代(1603年~1868年)を代表する様式として、後に多くの職人が取り入れ、着想を得た。さらに、「日光の社寺」はヒトと自然を不可分な関係として捉える神道の考え方を現在に留め、生きた信仰の場としての役割をも果たしている。

 これらは全て、「日光の社寺」の世界遺産としての認定や、後世のためにこれらの史跡を保全する根拠をなしている。保全には並々ならぬ覚悟が求められる。日光山輪王寺、日光東照宮、そして日光二荒山神社も度々地震や火災などの災害に見舞われ、その都度、歴史的価値を維持するために伝統的な建材や手法により忠実な修復が行われてきた。しかし、時とともにそうした忠実な修復は困難になりつつある。

日光東照宮・陽明門、魔除けの逆柱

 現在、日光の世界遺産登録地域の各所で複雑な修復事業が最終段階を迎えつつある。中でも困難を極めるのは、これら木造建築を風雨や紫外線から保護している漆塗りの作業である。塗装には江戸時代から400年に亘り引き継がれてきた、古来の手法を用いねばならず、そのためには漆を塗り込める方法ばかりではなく、その採取や塗料としての精製法、特性から乾燥時間まで、詳細な知識が要求されるためだ。これは至難の業であるとともに多大な時間を必要とするプロセスではあるが、その最終的な仕上がりの見事さを考えれば、充分に報われる努力である。

 日光スペシャルは栃木県で140年に亘り刊行されてきた日刊紙、下野新聞の協力を得て制作された。

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日光アドベンチャー

驚嘆に満ちた30時間:社寺と温泉

ライター
Cezary Jan Strusiewicz

 栃木県日光市は日本の観光地の中で燦然と輝く名所である。「日光」という地名からして、日本語で文字通り太陽の光を意味しているので、それも当然の話。8世紀にまで遡る世界遺産認定の驚くべき史跡から、見事な景観溢れるハイキング、心安らぐ温泉に至るまで、「日光を見ずして結構と言うなかれ」とまで言い習わされてきたのも、さもありなん。自分の目でその結構のほどを確かめたいと思いながら、割ける時間が30時間くらいしかないとお嘆きの方には以下のようなプランなどいかがだろう。

午前9:00、日光山輪王寺

 歴史と景観を味わい尽くす意気込みで東京・浅草で早朝の東武日光線(午前6時半くらい)に飛び乗り、日光に降り立ったものの朝のうちから圧倒されるのはちょっと…、と言うのであれば探訪の起点に最適なのが日光山輪王寺。

日光山輪王寺の徳川幕府・第三代将軍、徳川家光の廟所

 1200年前に創建された天台寺院、日光山輪王寺で最も知られているのが深みのある朱塗りの荘厳な本堂、三仏堂である。1645年建立の現在の堂宇には日光三山を本地仏とする三仏の本尊が安置されている。2021年3月まで、本堂では大規模な修復作業が行われているものの、期間中設置された臨時の通路から本尊に参拝できる。また日光山輪王寺の宝物殿には経典、仏画をはじめ、ゆかりの深い徳川将軍の肖像などが収蔵されている。

 秋に日光を訪れるのであれば、宝物殿に隣接する庭園、逍遥園の紅葉も大きな見所の一つ。

午前9:45、日光東照宮

 日光山輪王寺からほど近い日光観光のシンボル的存在、日光東照宮は200年以上日本を治める江戸幕府の創設者、徳川家康を神格化した東照大権現を祀っている。

 絢爛豪華な日光東照宮の装飾は、一言で表すなら和風バロックと呼ぶのがふさわしい。にもかかわらず、自然の景観や目を見張る文化遺産を求めてその広大な境内を辿る道すがら、あたりに漂う静けさ、平穏さを感じることができる。

 「見ざる、言わざる、聞かざる」で有名な神厩舎の三猿から、各層が自然界の五大、地・水・火・風・空を象る五重塔まで、眼にするもの全てで絢爛と静謐が調和しているのである。

 日光東照宮の中心をなすのが御本社だ。国宝に指定されており、年間を通じて様々な祭事の舞台となる御本社は、残念ながら2020年までを目処に大規模な修復作業中である。

 日光東照宮の大きな見所の一つが平安京大内裏外郭十二門の一門に倣って名付けられた陽明門。総数500を越える神仙・神獣などの精緻な彫刻は一日中見ていて飽きないということで「日暮御門」とも称されている。

正午:日光二荒山神社と神橋

 日光東照宮を出て徒歩5分ほどの距離に、日光における神道の中心地、荘厳な日光二荒山神社がある。8世紀半ば創建のこの神社は、二荒山を古名とする男体山そのものを神体としている。「補陀洛山(ふだらくさん)が訛って「二荒」と表記するようになり、これを更に「にこう」と読んで、現在の地名である「日光」の語源とする説がある。 日光二荒山神社は日光国立公園内の日光連山を境内としており、その総面積は3,400ヘクタールにも及ぶ広大なもの。山岳信仰の中心地である一方、縁結び・復縁・子宝の御利益もあるとして崇められている。

 歴史的建造物と景観の混在する神社には見所が多いが、中でも人気なのは参道にかかる全長28メートル、幅7メートルの神橋だ。高さ10メートルで大谷川(だいやがわ)を跨ぐこの橋は将軍家や朝廷の勅使用とされ、一般の通行が禁じられている。1636年に架橋されたという以外、来歴の定かではない朱塗りの木造橋は、その独特な構造から日本三奇橋の一つに数えられている。

神橋の由来は定かではないが、かつては高位の参拝者、朝廷の勅使以外の通行が禁じられていた

午後1:15、日光木彫りの里工芸センター/昼食

 徒歩30分、車で10分の次の探訪先を目指す前に、小腹を満たしてはいかがだろう。蕎麦や日光ゆばを使った料理がお勧めだ。名産の日光ゆばは刺身でよし、揚げてよし、蕎麦の付け合わせにもなる逸品。刺激に飢えているならしそ巻き唐辛子もある。これは、唐辛子の塩漬けをしその葉で巻いた日光市の名物料理だ。デザートなら蒸しまんじゅう、羊羹、栃木名産のイチゴ、とちおとめを使ったスイーツなどもいい。

地元名産の日光ゆばは様々な郷土料理に用いられる
日光の伝統的名物、羊羹

 日光探訪に来たら、次に向かうべき場所は近所にある日光木彫りの里工芸センターしか考えられない。工芸センターでは熟練職人の監修の下で、日光彫の実地体験ができる。日光彫は日光東照宮の彫刻を手掛けた名匠にその端を発すると云われる木工で、先端の大きく曲がった特殊な「切出し」を使い、主として草木を題材とする工芸だ。日光彫体験、920円~。

午後4:00、憾満ヶ淵

憾満ヶ淵、化地蔵(ばけじぞう)とよばれる地蔵群

 前の探訪先からバスで15~20分のところに男体山の噴火が形作った奇勝、憾満ヶ淵がある。噴火という大自然の猛威は、結果として気軽なハイキングや考え事に適した奇岩の点在する川岸の景勝地を残している。淵には化地蔵(ばけじぞう)とよばれる約70体の地蔵群が佇んでおり、数えるたびに数が違うと伝えられている。化地蔵の奥に広がる日光植物園の美景に気を取られて数え間違えるのだとも言われているが、果たして真相は…。

 いずれにせよ、春の新緑から秋の紅葉、冬の雪まで、憾満ヶ淵には季節を通じて訪問客を喜ばせる風景がある。

晩、温泉保養センター・日光温泉

 温泉保養センター・日光温泉は飾らない風呂屋の雰囲気を漂わせる温泉だ。入湯料は一人わずか410円、日本の大半の公衆浴場とは違い、タトゥーがあっても気軽に入浴できる施設となっている。日光市中心部からほど近い住宅街に位置しながら、緑溢れる庭園に面した展望風呂は、観光やハイキングの忙しい一日の後、疲れをほぐすのにうってつけだ。保養センター・日光温泉ではタオルのみ販売しており、ほかのアメニティは用意されていない。最終入場は午後8:30。

宿泊:日光金谷ホテル

1871年創業の格式ある日本最古の洋式リゾート・ホテル、日光金谷ホテル

 日本で最古のリゾート・ホテル、日光金谷ホテルは1871年、ヘボン式ローマ字の考案者として知られるジェームス・カーティス・ヘボン博士が当時日光東照宮の楽師であった金谷善一郎の自宅に滞在したことに始まる。滞在客らの提案を受けた金谷は1873年に自宅を改築した民宿、「金谷カッテージ・イン」を開業し、これがやがて日光金谷ホテルへと発展していった。同ホテルの滞在客にはイザベラ・バードやアルバート・アインシュタイン、ヘレン・ケラーなどの著名人も含まれる。こうした輝かしい歴史の下、日本式と西欧式の美学を違和感なく融合させた金谷ホテルこそ、更なる日光探訪に備えて英気を養うには最適の宿だろう。

翌日

早朝、いろは坂巡り

紅葉の名所として名高い(上りと下りに分かれた)いろは坂の二本の道路の48カ所の急カーブ
写真:DjHiRo

 東武日光駅からバスかタクシーでいろは坂を経由し、奥日光を目指したい。実際には上りと下り、二本の道路からなるいろは坂、あえて形容すると「魅力的」の一言に尽きる。坂の名がいろはなのは、その元になったいろは48文字に対応する48カ所のヘアピンカーブが存在するためだ。もっとも、外国人観光客はここを訪問するためにわざわざいろは48文字を暗記する必要はない。この坂が日本の緑の景観を鑑賞するのに一番適した場所だと知ってさえいれば、それで充分だ。

午前10:00、中禅寺湖・華厳の滝

標高1,200メートルに位置する中禅寺湖は日本で最も標高の高い天然湖

 いろは坂を終点まで辿ると、日本で最も標高の高い天然湖である中禅寺湖に行き着く。標高1,200メートル以上。湖畔には何軒もの温泉リゾートが軒を連ね、名所旧跡が点在するものの、中禅寺湖地域の一番の魅惑は25キロにも及ぶ湖全周のハイキングコースだろう。

 近くの県立日光自然博物館に行けば、ハイキング客向けのコース案内に加えて、日光の自然・歴史の詳細な情報が簡単に入手できる。景観重視のコースから熟練ハイカー向けの難コースまで、中禅寺地区には誰もが満足できるコースが設定されている。ハイキングは気乗りがしないという向きのため、4月から11月の期間、湖上を周遊する遊覧船も運航している。

日本三名瀑の一つ、華厳の滝

 地元の観光名所でもう一カ所、忘れずに言及しておきたいのが華厳の滝だ。日本三名瀑の一つで昭和(1926年~1989年)初期に当時の代表的な景勝地として選定された日本新八景にも数えられる華厳の滝は、瀑布の極近くに作られた展望台から唯一無二の絶景を見られる落差100メートルの滝だ。

 滝壺の正面に設けられた観瀑台までエレベーターが通じているため、とどろき渡る轟音の中、瀑布を間近から見物できる。春のみずみずしい緑に囲まれた姿から、冬の凍てついた氷まで、華厳の滝は、季節によって様々な姿を見せることでも知られている。

午後3:00、宇都宮着・餃子

 厳密には日光の一部ではないものの、こちら方面に出向いて宇都宮に立ち寄らないのは、画竜点睛を欠くというものだろう。JR日光線に揺られて40分、東京に戻る前に宇都宮で餃子を嗜みたい。

 ナポリの名産がピザであるのと同じ意味合いで、宇都宮の名産は、ジューシーな肉と野菜を皮に包み込んだ餃子である。焼き餃子、水餃子、揚げ餃子、いずれも絶品。市内に350店を数える餃子店に立ち寄り、遅い昼食か早めの夕食を楽しむのは、楽しい観光の素晴らしい〆になるはずだ。


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