栃木県立博物館、16日から「宇都宮氏」展 歴史の表舞台に400年、鎌倉仏教や有名武将とも縁

栃木県立博物館、16日から「宇都宮氏」展 歴史の表舞台に400年、鎌倉仏教や有名武将とも縁

 県立博物館は16日から来月29日まで、開館35周年に合わせた特別企画展「中世宇都宮氏 頼朝・尊氏・秀吉を支えた名族」を開催する。宇都宮氏を本格的に扱った初めての企画展で、全国に残る宇都宮氏ゆかりの国宝26点、重要文化財46点を含む241点を一堂に展示し、多彩な人脈を持った一族の興亡史をたどる。

 下野宇都宮氏は平安末期から戦国時代の終わりまで、22代、400年以上にわたり、社壇(神社)「宇都宮」の「神官領主」を兼ねた名族だった。院に仕えた「京武者」であり、在地にあっても京都とを往来し宗教、文化的な接点を持ち続けた。須藤揮一郎(すどうきいちろう)館長は「ゆかりの文化財を基に宇都宮氏を再評価し、合わせて本県の豊かな歴史文化を再認識してもらいたい」と話している。

 中でも5代頼綱(よりつな)は異彩を放っている。私淑した法然の入滅後、浄土宗を敵視する延暦寺宗徒によって法然の廟所(びょうしょ)が破壊され、遺骸(いがい)が鴨川に流されそうになった時、1千人あまりの隊列を組んで遺骸を護衛し、二尊院に運び入れたのが出家後の蓮生(れんしょう)(頼綱)と弟の信生(しんしょう)(塩谷朝業(しおのやともなり))だった。

 この模様を描いた国宝「法然上人絵伝 嘉禄の法難」は、宇都宮氏の真価がにじみ出た作品と言えるのではないか。遺骸を収めた輿(こし)を見つめ、指揮を執る蓮生の姿が勇ましい。

 この蓮生(頼綱)が結縁(けちえん)した京都・大念寺蔵の国重文「阿弥陀如来立像」、信生の子、笠間時朝の陰刻名がある茨城県笠間市の国重文「薬師如来立像」も注目される作品だ。「阿弥陀如来立像」の結縁者には後鳥羽上皇の第6皇子や中宮、九条道家らが名を連ねており、蓮生の豊かな人脈、活動の一端を物語っている。

 法然の弟子で浄土真宗開祖の親鸞(しんらん)の関東移住には、宇都宮一族の関与が指摘されている。20年後、京都に戻った親鸞を経済面でも支えたのが東国の高田門徒であり、その拠点地が真岡市の高田山専修寺だった。

 今回の企画展では、この高田山専修寺に伝わった「八字名号」などの文書が、津市一身田の高田山専修寺本山から「里帰り」する。親鸞筆の国宝「西方指南抄(さいほうしなんしょう)」や国宝「三帖和讃(さんじょうわさん)」なども県内で初めて公開される。