戦時中消滅の古墳、出土品を壬生町に寄贈 宇都宮の青柳さんから

 【壬生】太平洋戦争中、宇都宮陸軍飛行学校・壬生国谷飛行場建設に伴い消滅した長田古墳群から出土した轡(くつわ)の一部「金銅張り十文字楕円(だえん)形鏡板」(縦8センチ、横10センチ)がこのほど、宇都宮市針ケ谷町、農業青柳茂良(あおやぎしげよし)さん(75)から町に寄贈された。現在のおもちゃのまちを中心にあった長田古墳群の中で増塚(ますづか)古墳から出土したもので、同古墳群の存在を示す唯一の史料となる。町歴史民俗資料館で保存処理作業を行っており、終了後に同館で展示する予定。

 長田古墳群は1941年に刊行された下都賀教育会の「紀元2600年記念古墳調査」にも記されており、町教委の調査によると約30基の古墳があったとされている。

 町史によると、同飛行学校の建設着工は太平洋戦争中の42年。現在のおもちゃのまち1~5丁目、幸町、いずみ町、六美北部が該当し、敷地面積は約225ヘクタールに上った。着工とともにこの地にあった長田古墳群は消滅した。

 鏡板は青柳さんの父良弘(よしひろ)さんが所有していた。良弘さんは旧雀宮村役場に勤務しており、母方の実家が古墳群の近くだった。青柳さんは「父は50代で亡くなっており、なぜ所有していたのか分からない」という。町教委の調査で古墳群からの出土と確認され、92年に同資料館で開催した企画展「みぶの古墳」にも出展している。

 鉄地に十文字の筋金を入れ、その上を銅板で覆い、さらに銅板の表面には鍍金(ときん)が施されている。縁部や十文字部が鋲(びょう)でとめられている。