ひめゆり率いた内田文彦(宇都宮出身)を顕彰 宇都宮市、塚田さんが自費出版

 【宇都宮】沖縄戦でひめゆり学徒隊を率い、多くの教え子と共に26歳の若さで戦場に散った市出身の教員内田文彦(うちだふみひこ)(1919~45年)を顕彰しようと、砥上(とかみ)町、郷土史家塚田保美(つかだやすみ)さん(85)が「沖縄からの手紙」をこのほど自費出版した。帰郷を勧められながらも「教え子を残して帰れない」と現地にとどまり、最期まで職務を全うした内田について、塚田さんは「沖縄のために命をささげた。ぜひ多くの人に知ってもらいたい」と話している。

 「本校出身で、沖縄のために尽くされた人がもう一人いる」。内田のことを伝える2005年6月の下野新聞の記事を手に、宇都宮高の斎藤宏夫(さいとうひろお)校長(60)が塚田さんに調査を打診したのは15年秋だった。

 塚田さんは内田の遺族や同級生を必死に捜したが、思うように手掛かりを得られない。そんな中、偶然記事を目にした塚田さんの長女由美子(ゆみこ)さん(55)と内田のおいが小中学校の同級生だったことが判明。市内の実家に保管されていた父親宛ての手紙84通など内田に関する貴重な資料を借り受けた。

 軍人一家の長男として大寛2丁目で生まれ、宇都宮中学(現宇都宮高)から東京高等師範学校、東京文理科大教育学科へと進学した内田は1943年、沖縄師範学校女子部の助教授として赴任した。

 塚田さんは内田の手紙を読み込み、現地から取り寄せた資料や文献も丹念に調査。内田と師弟愛で結ばれた女生徒たちとの心の交流などを掘り起こした。

 戦況の悪化とともに、内地出張に出掛けたまま戻らない公務員が多数いた中、内田は現地にとどまり生徒たちを指導。最後はひめゆり学徒隊の引率教員として行動を共にし、島南部の海岸で消息を絶った。

 本はA6判161ページで1千部作った。税込み1千円。由美子さんらが中心となり荒井、内田を追悼するイベントを11日、不動前1丁目の北関東綜合警備保障のホールなどで開く予定。

 (問)塚田さん090・5553・6958。