元横綱・輪島の輪島大士(わじまひろし)さんが70歳で亡くなった。現役時代の代名詞は、金色のまわしと左からの強烈な下手投げ。その掛け合わせから「黄金の左」と呼ばれ、相撲ファンを魅了した▼輪島さんは本県とも関係がある。那須中央病院=大田原市=の臼井亮平(うすいりょうへい)会長(92)が主治医を務めていた縁もあり、同市を訪れることが多かった。黄金のまわしは、臼井さんが横綱昇進のお祝いに、銀座の百貨店で買い求めて贈ったものだ▼派手なまわしが当たり前の今では考えられないが、当時は濃紺系が大勢であり、土俵ではひときわ目立った。傑出した実力があったからこそ、違和感を覚えさせなかった。横綱の性格を考えて色を選んだ臼井さんの感性のたまものだろう▼横綱時代、スランプに陥った際には臼井さんの紹介で、同市の禅寺で2週間の座禅を組んだこともあったという。引退後の断髪式では、最後にまげを切る親方の前にハサミを入れた。交流の深さ故といえる▼花籠部屋を継承し親方になった折、県北地方の新弟子候補を数人紹介し、入門に結びつけた。ただ、金銭問題などで日本相撲協会を退職したため、その後が続かなかった▼「相撲を一心にやる姿がよかった。だから応援した」と振り返る。病院の会長室には、断髪式も含めた横綱とのパネル写真がいくつも飾られている。