【那須雪崩事故】宏祐先輩の思い胸に 12年ぶり県大会出場の母校・大田原湯津上中野球部

【那須雪崩事故】宏祐先輩の思い胸に 12年ぶり県大会出場の母校・大田原湯津上中野球部

 宏祐(こうすけ)先輩を県大会に連れて行こう−。那須町の雪崩事故で犠牲となった大田原市狭原、大田原高山岳部佐藤(さとう)宏祐さん=当時(16)=の母校・湯津上中野球部が22日、この合言葉を胸に、12年ぶりに県中学校総合体育大会の那須地区予選を突破した。ベンチに飾った宏祐さんの遺影に見守られる中、エースをけがで欠く劣勢をはねのけた。応援に駆け付けた宏祐さんの父政充(まさみつ)さん(48)は「宏祐は後輩たちの活躍を願っていた。県大会出場決定の瞬間に立ち会えてうれしい」と目を潤ませた。

 「春は宏祐先輩に連れて行ってもらった」。那須地区中学校春季体育大会で強敵を下し、県大会出場を果たした同野球部。磯秀輔(いそしゅうすけ)主将(14)ら部員たちは、2年前に副主将を務め、後輩に慕われた宏祐さんの遺影と宏祐さんが身に付けていた「3」の背番号がベンチから後押ししてくれたからこそ、春の活躍があったとの思いが強い。今大会はその恩返しのつもりで臨んだという。

 同校所有の背番号が新調されるのを機に宏祐さんの死を悼んで家族に贈られた「3」の背番号。政充さんの希望で、この日の予選でも春同様、遺影と共に那須塩原市くろいそ運動場野球場のベンチに飾られた。

 県大会出場が掛かったこの日2試合目の準々決勝。一人っ子の宏祐さんが弟のように接した大森翼(おおもりつばさ)君(14)は肘の痛みを抱えながらエースに代わって先発。再三出塁を許したが、宏祐さんを思い浮かべ、しのぎ切った。