那須雪崩事故3カ月 遺族が那須岳登頂 雲海で息子と“再会” 事故への疑問も実感

 那須町湯本の国有林で登山講習中だった大田原高の計8人が死亡した雪崩事故から丸3カ月の27日、犠牲となった那須町寺子丙、鏑木悠輔(かぶらぎゆうすけ)さん(17)の父浩之(ひろゆき)さん(51)と母恵理(えり)さん(49)は悠輔さんの写真と“3人”で初めて那須岳(茶臼岳)に登頂した。歩いたのは、3カ月前に悪天候でなければ悠輔さんたちが行くはずだった道。頂上から眼下に広がる雲海に2人は「何だが悠輔に会えたような気がする」と思いをはせた一方、「なぜ訓練を中止しなかったのか」と事故への疑問も口にした。

 事故が起きた3月の「春山安全登山講習会」は本来、スキー場近くの幕営地から「峠の茶屋」「峰の茶屋」を経て茶臼岳に登る予定だった。

 あれから3カ月。浩之さんは悠輔さんの登山靴を履いた。付近は朝から濃い霧。出発から間もなく、登山道を歩きながら「ラッセル訓練はここで十分」とつぶやいた。事故現場はさらに急傾斜。「あれほどの悪天候で訓練自体をなぜ中止しなかったのか、いまだに分からない」

 前日の26日夜、県教委の検証委員会から第1次報告書(中間報告)案の説明を受けた。だが「原因がよく分からない」と感じた。「責任の所在が曖昧なままで再発を防げるのか」と思った。月日がたつほど疑問は深まるばかりだ。

 昨年秋、悠輔さんと登るために夫婦で登山を始めた。事故後はやめようと思ったが「悠輔が好きだったものを否定する気がして」と恵理さん。「悪いのは山でなく、中止しなかった大人だから」。登山道で歩を進めながら、自ら言い聞かせるように繰り返した。