最後のあいさつで感極まる栃木GBの村田=小山運動公園野球場

 栃木ゴールデンブレーブスが9日の今季最終戦終了後に行った「村田修一選手引退セレモニー」での村田選手のスピーチ全文は次の通り。

   ◇   ◇

 このBCリーグがなければ、昨年の時点で引退をしていた選手だったのかもしれません。チャンスを与えてくださったBCリーグ、そして温かく僕のことを迎えてくれた栃木ゴールデンブレーブスの皆さま、本当に感謝しています。最後まで「4番・サード」というポジションを与えていただき、今日まで野球をすることができました。本当に感謝しています。ありがとうございます。

 このBCリーグに来て、過酷な環境の中で切磋琢磨(せっさたくま)する若い選手たち、過酷な移動の中で頑張る選手たちとともに野球をしてきて、本当に楽しかったですし、心からBCリーグに来て1年間野球ができて本当によかったと。いろいろな葛藤はありましたが、みんなに支えられて今日まで野球をすることができました。今日、この球場に足を運んでくれたファンの皆さま、そしていろいろな球場で僕に声援をくれたファンの皆さま、本当に感謝しています。きょうまで本当にありがとうございました。

 今日をもって、私は現役を…。今日をもって私は現役を引退します。

 横浜ベイスターズに入団して9年、読売ジャイアンツで6年、そしてゴールデンブレーブスで1年。本当にいい野球人生だったと。今日、この満員の球場で野球ができて本当に幸せでした。今思えば、いろんな壁にぶつかりながら、必死に乗り越えてきた。いろいろな指導者のもと野球をすることができました。本当に幸せでした。ありがとうございました。

 小学校3年生から野球を始め、今年でちょうど30年になります。いつも近くで応援してくれた両親。どんなときも車を出してくれて、ビデオを撮ってくれて、そんな両親のもとで野球ができて幸せでした。今日ここまで大きなケガもなく野球ができたのも、両親のおかげだと思っています。

 そして栃木の(義理の)お父さん、お母さん。ブレーブスに来るとき、『最後まで全力で応援するよ』と言ってくださり、本当にありがとうございました。若い選手を食事に連れて行ったときも、いつも温かく迎えてくれてすごくうれしかったです。若い選手たちも本当に喜んでいました。これからもブレーブスがある限り、若い選手たちをよろしくお願いします。

 そして何より家族に感謝しています。絵美、いつも近くで温かく迎えてくれて、愚痴も言わず、近くで支えてくれて本当にありがとう。閏哉(じゅんや)、未熟児で産まれた君が頑張っている姿を見て、いつも勇気をもらいました。今日まで野球をすることができたのも、閏哉がいつも近くで頑張ってくれたからです。本当にありがとう。凰晟(こうせい)、泣きながらいつも『野球を教えてくれ』って言っている君の姿が、負けず嫌いだった昔の自分を思い出すようですごく心強いです。これからも野球を頑張ってくれ。いつも凰晟のことを心から応援しています。瑛悟(えいご)、大きくなった将来も、パパが野球選手だったことを覚えてくれているかな。また元気にこれからも遊ぼうな。

 この家族、そして両親に支えられ、そしてファンの皆さんに支えられ、今日まで野球をすることができました。村田修一としての現役生活は今日で終わりますが、村田修一としての人生は、まだまだ終わりません。息子たちとともに、まだまだ勉強していくことがたくさんあると思っています。息子たちを一人前の男にしていく父親としての仕事をこれからは全うしながら、子どもたちとともにまた前を向いて進んでいきたいと思います。

 未練がないといえばうそになるかもしれませんが、自分がやってきた30年間の野球人生に悔いはありません。皆さまに支えられて本当に楽しい現役生活を送ることができました。本当にありがとうございました。

 やっと落ち着いたところで、笑顔の最後のあいさつができるなと。一息つかせていただきます。いつかまた、みなさんの前で、笑顔で会えることを願って、村田修一、最後のあいさつとさせていただきます。30年間野球をさせていただいた皆さまに感謝、本当に感謝しています。長い間、ご声援、誠にありがとうございました。