栃木といえば、何てったって外せないのが収穫量54年連続日本一のイチゴ! 今回は、そんな栃木県の誇るイチゴについて、いろいろと深掘りしに行こう。イチゴ狩りならぬ“イチゴ掘り”の散歩に、さぁ出発!(神戸美咲(かんべみさき)森谷祐依(もりやゆい)牧野甘那(まきのかんな))

 
【研究所】品種や栽培法、次々 年4000粒食べ調査

 まずは、特別な入室許可を得て「栃木県農業試験場いちご研究所」へ。栃木市にあるこの研究所では、新しい品種の開発をはじめ、栽培技術の改良、消費者による品種の食べ比べ調査なども行われていて、所員は仕事で年間4千粒ぐらいイチゴを食べているとか! 

蛇口までイチゴ!=いちご研究所

 日照時間に恵まれている栃木県でイチゴ露地栽培が始まったのは、昭和20年代。サインを求められれば「苺(いちご)一筋」と書く先駆者の仁井田一郎(にいたいちろう)氏らが静岡や神奈川にまで自転車で行き、イチゴの苗やノウハウなどを栃木県に持ち帰った。それを惜しみもせずたくさんの農家に教え、失敗しても乗り越えて、イチゴ栽培は県内全域に広がっていった。

 昭和30年代、試験研究によって確立されたトンネル栽培がスタート。40年代には、「今となってはこれ無しにイチゴはできない」と研究所の方が言う受粉用ミツバチの導入。50年代には促成栽培やウオーターカーテンの導入---と、当初は4月だった出荷開始時期は技術改良の度に3→2→1月と繰り上がっていった。

品種改良の努力は続く=いちご研究所

 そしてついに、昭和60年代に新たな品種が出たことによりクリスマスケーキのイチゴが国産に! さらに、平成元年には今でも一番作られている「とちおとめ」、平成20年代に夏秋イチゴの「なつおとめ」、続いて「スカイベリー」が登場。いちご研究所の松本貴行(まつもとたかゆき)さんは、「栃木県内だけでもたくさんの品種が作られているから、食べて違いを楽しんでほしい」と言う。現在は「とちおとめ」「とちあいか」を超える品種を目指して開発に取り組んでいるそうで、これからが楽しみで“いいね”!

 

【楽しみ方】大粒で満足感向上 カレー、サイダーに衝撃

 お次の散歩は、栃木県産で作られた品種のみを栽培している小山市の「いちごの里」へ。駐車場の車のナンバーは、品川・横浜・湘南・熊谷・習志野・つくば…本当に関東中の家族連れから、SNSの普及で若者まで幅広い世代が、イチゴ狩りを楽しんでいる。

園内のオブジェ。まだここまでの大粒にはならないけど...=いちごの里

 スタッフの方によると、その楽しみ方が最近変わってきているとのこと。これまでのイチゴは小粒で一口サイズだったため、食べた個数を一緒に来た人と競う姿が一般的だったが、大粒化で1個の満足感が上がったため、数を稼ぐよりも食べることを楽しみながらその場の様子やイチゴを使ったかわいい写真を撮る人が増えたという。ハッ…と思い出す数十分前の私たちの姿。行動がまさに“その通り”過ぎて、この日一番の反応をしてしまった(笑)。

ハート形が特徴的なとちあいか=いちごの里

 コロナの影響による来場者収入減を埋めるため、見た目や熟し過ぎなどの理由だけで今まで捨てていたイチゴをジャムにして販売するなど、頑張っている。フードロスの解消にもなって“いいね”!

 また違ったイチゴの食べ方を提供している食品会社もある。ネットで調べていると、ひと際目を引くピンク色のカレーの画像が! 説明文には「いちごのカレー」…え!?

衝撃のいちごのカレー。この他ピンク色バージョンも=永井園

 真逆っぽい組み合わせに興味津々。ピンクの方は入手できなかったが同じシリーズのノーマルな色のいちごカレーを買って、ゼミの時間に試食チャレンジ!

 レトルトを温めて封を開くと、カレーの見た目や匂いと共に何やらフルーティーなイチゴの香り。「おいしいの?」と疑いながらドキドキと口にする。ん!…ん?お! 思ってたより、甘くて意外と食べやすい。ギャップに衝撃を受ける私たち学生記者の横で、わがゼミの下村健一(しもむらけんいち)教授は何の迷いもなくパクパク食べながら、「おいしい~」とニッコニコしていた。

ゼミ授業中に(笑)、いちごのカレーをほおばる下村教授

 この商品を開発した株式会社「永井園」は、この他にも「いちごのカレーサイダー」など独創的な商品を販売しており、今春にもまたイチゴを使った新商品を売り出すという。面白商品で栃木のイチゴを盛り上げるのも、“いいね”!

【大学校】未来担う人材育成 就農後の関係づくりも

 しかし今、「いちご王国・栃木」でも生産者の高齢化が進んでいる。収穫量・作付面積共に減少傾向だ。そこで、未来の王国を支える生産者を育成しようと栃木県は一昨年、宇都宮市にある県農業大学校に全国初の「いちご学科」を創設した。

県農業大学校。ここに、いちご学科が誕生した

 お邪魔してみると、広い実習地のほ場(農地)の中にたくさんビニールハウスが並んでいる。「このハウスは学生が管理しているんですよ」と、多喜(たき)のぞみ助教授が案内してくださる。暖かい! 朝登校してすぐビニールハウスに来て、室温を調節するそうだ。なるほど、上を見ると二重構造の内側の屋根がカーテンのようにクルクル巻かれている。毎シーズン学生たちが一から作るものだという。

 1年生にはハウスを作る授業もあって、まだ骨組みだけのハウスがある。その中で、トラクターの運転練習もする。最初はぶつかったりもするけれど、2年生になるまでにみんな慣れてくるという。

いちご学科生が育てる苗の様子を見る多喜助教授=県農業大学校

 次のハウスには最新技術がそろっていて、自動でカーテンを開けて室温を一定に保つ機械、二酸化炭素を発生させて光合成を促進させる機械などが並ぶ。使い方だけでなく、設備投資の判断材料としての勉強もするという。イチゴを育てるには、多くの技術が要るんだなぁ。収穫期の今は、朝7時半ごろ登校して収穫訓練。7時半って…私たち起きてないよね、同じ学生なのに…皆さん、志が高い! 

 2年間の学生生活を通して地域に根付いた生産者になれるよう、希望地の生産者の所で実習する「お師匠さん」制度もある。在学中から希望地のJAや金融機関とも関わり、就農した後、すぐに相談できる関係もつくっている。こうして若い世代が、これからのいちご王国を支えていくのだな。

散歩を終えて

志継ぐ人たどり喜び

 実は私たち下村ゼミが栃木のイチゴ取材に着手したのは、2020年秋のこと。2代上の先輩たちが仁井田一郎氏のご子息にお会いし、一昨年両毛新聞(当時)に「栃木の乙女(とちおとめ)のルーツは1人の“足利オヤジ”」という記事を書いたのが始まりでした。その志を継いだ今の人たちの努力をたどれて、今回はうれしいお散歩でした。

イチゴについて深掘り取材した3人