宇都宮頼綱の生涯を一冊にまとめた加藤さん

 【宇都宮】前宇都宮かるた会長の加藤光伸(かとうみつのぶ)さん(83)=弥生2丁目=はこのほど、百人一首誕生のきっかけをつくったとされる鎌倉時代の御家人、宇都宮頼綱(うつのみやよりつな)(1178〜1259年)の生涯を一冊にまとめた。現在放映中のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の登場人物との関係にも触れており、好評を得ている。

 加藤さんは鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」に関する文献などを参考に頼綱の生い立ちを調査。かるた会長を務めた2012〜19年に市内外で行った講演の内容をまとめ、自費出版した。タイトル「蓮生法師」は頼綱の出家後の名前から取った。

 100部ほど製作し、かるた会関係者や知人に配布したところ、大河ドラマの時代背景と重なることから話題になった。「ドラマの内容は直前まで知らず、偶然だった」という。

 源頼朝(みなもとのよりとも)の死後、合議制で幕府を動かした家臣13人のうち、八田知家(はったともいえ)が頼綱の祖父朝綱(ともつな)の弟、梶原景時(かじわらかげとき)の娘が頼綱の2人目の妻、北条時政(ほうじょうときまさ)の娘が3人目の妻だった。しかし比企能員(ひきよしかず)や畠山重忠(はたけやましげただ)ら有力御家人が次々と討たれる中、頼綱は謀反の疑いがかけられたことを機に身を引いて出家。加藤さんは「宇都宮家存続のためには、その方が賢明な選択と判断したのだろう」と推察する。

 その後、京都へ移り、歌人藤原定家(ふじわらのていか)と親交を深め、百人一首誕生のきっかけをつくる。本では北条義時(よしとき)の死後、その息子泰時(やすとき)が詠んだ歌に対する頼綱の返歌も取り上げた。「宇都宮を代表する素晴らしい歴史上の人物として、もっと知ってほしい」と熱く語る。

 A5判47ページ。非売品だが、希望者には配布する。先着10人。加藤さんへメール(mitu-kato@nifty.com)で申し込む。