「たったひとりしかない自分を(中略)ほんとうに生かさなかったら、人間、生まれてきたかいがないじゃないか」。最初に覚えた小説の言葉は、小学校高学年の頃に読んだ文豪山本有三(やまもとゆうぞう)の「路傍の石」だった▼「栃木市文学館」(入舟町)が先月末、開館した。市の出身で市内には墓所もある有三らの歩みを、作品や資料を通してたどることができる▼文学館の建物は1921(大正10)年に建設された旧栃木町役場の庁舎で、市役所の別館として使われていた。当時の公共建築の特徴や内外装を良好な状態で今に残し2017年、市の指定文化財となった▼築後100年を経た洋風の2階建て木造建築は、大正ロマンの息吹を感じさせる。残された図面に基づき忠実に改修され、色合いも往時を再現したという。白とエメラルドグリーンに塗り分けられた外壁が目を引く▼議場などがあった2階は有三や栃木女子高出身の作家吉屋信子(よしやのぶこ)、百歳の詩人・柴田(しばた)トヨさんら市ゆかりの文化人を中心とした常設の展示場に生まれ変わった。1階には郷土関連の先人の展示コーナーも設けられた▼一連の事業を巡っては議論もあったが、建物が持つ歴史は有三らが生きた時代と重なっている。他のどこにもない「たった一つの存在」として、郷土の未来に向けて「ほんとうに生かして」いきたい。