「元気になって帰って来ることだ 蛇皮線を忘れずに 泡盛を忘れずに 日本語の 日本に帰って来ることなのだ」。那覇市出身で東京在住だった詩人、山之口貘(やまのくちばく)さん(1903~63年)の詩集「鮪(まぐろ)に鰯(いわし)」の中の「沖縄よどこへ行く」の一節だ▼生涯貧しく「ルンペン詩人」を自認した山之口さんは郷土愛と反戦・平和、日常生活の表現者だった。「戦禍の惨劇から立ち上り 傷だらけの肉体を引きずって どうやら沖縄が生きのびたところは不沈母艦…」(同詩集「不沈母艦沖縄」)▼58年、上京後34年ぶりで帰郷し、落胆した。米国の統治下で極東の軍事拠点化が進み、島全体が航空母艦のようだった。独自の文化は色あせ、美しい自然を壊す開発も進んだ▼山之口さんの死後、72年5月に復帰が実現して50年。沖縄県には今も全国の米軍専用施設の約70%が集中し、基地負担は重い▼沖縄在住のフォーク歌手、佐渡山豊(さどやまゆたか)さんは敬愛する山之口さんの戦争中の詩「紙の上」に曲を付けて長年歌ってきた。「一匹の詩人が紙の上にいて 群れ飛ぶ日の丸を見あげては だだ だだ と叫んでいる」▼山之口さんは天国からどんな思いで故郷を見ているのだろう。佐渡山さんは「不沈空母の状態から抜け出せない沖縄の復帰後50年を私と同じようにひどく嘆いているに違いない」と話した。