2回目の野木町散歩は、国の重要文化財「煉瓦窯(れんががま)」へ。現地に着いて、まず驚いた。とっても大きい! 写真映え間違いない! 築132年の窯は、51年前(昭和46年)に稼働を終えるまで、最盛期には年間4百万~6百万個ものレンガを生産していたという。

こんなに大きい(空から見ると)、16角形の煉瓦窯

 ■資料に相違

 作られたレンガの行き先を調べてみると、一つの謎にぶつかった。「野木町煉瓦窯を愛する会」の資料には「旧東京駅でも使われたと言われます」と書かれているのだが、野木町教育委員会発行の資料にはその記載がない。あんな有名な駅舎に使われていたら誇らしくて絶対書かれるはずなのに、なんでだろう? 「愛する会」はじめ、いろいろな関係者に尋ねてみた。

 東京駅に使われているレンガの生産場所で確かなのは、あの渋沢栄一が出身地・深谷(埼玉)に建てた窯。しかし、「東京駅建設に必要だった8百万個以上のレンガを一度に生産するのは難しく、深谷以外で作られた物も使われたのではないか」という推測があるという。さらに、野木のレンガを「東京方面に運んでいたらしい」「日本鉄道に出荷した記録表は残っているよ」と証言する方もいる。

窯の内部。ここから東京駅への出荷はあったのか?

 だが、当時の確実な資料は台風で失われ、各地に散在する資料によっても証言はバラバラ。迷宮入りかと思ったが、有望な手がかりのお話が!

 ■「S」の刻印

 なんと野木の窯で作られたレンガには、星形かひし形にSと書かれた刻印がよく彫られていたというのだ。ならば、東京駅まで散歩に行って、外壁にその刻印を発見しよう!…と思いきや、この刻印はレンガの側面ではなく接触面の上部に刻字されているとのこと。つまり、駅舎を解体しないと見つからないのだ。

 でも、諦めるのはまだ早い。東京駅は、10年前に大規模な復元工事を終えたばかり。その時に、昔のレンガについても何か発見は無かったのか? 今、東京駅に詳しい専門家の方に問い合わせ中で、まだ結論は得られていない。何かわかったら“いいね”。このまま謎でも、ちょっと夢があって“いいね”。何かご存じの方、ぜひ下野新聞社か、私たちのインスタグラムまでお知らせ下さい!