大田原高伝統の85キロ強歩の休憩時に笑顔を見せる佐藤宏祐さん(遺族提供)

 栃木県那須町で2017年3月、登山講習会に参加していた大田原高の生徒7人と教諭1人が亡くなった雪崩事故は、27日で5年を迎える。それぞれの夢や目標を目指して力強く人生を歩んでいたさなか、突然道を閉ざされた。遺族は5年間、その理由を求めながら、愛息の姿を思い、消えない悲痛と向き合い続けてきた。

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 一人息子の佐藤宏祐(さとうこうすけ)さん=当時(16)=を亡くした父政充(まさみつ)さん(52)は朝と帰宅後に必ず線香を上げる。

 「今日も何とか頑張るよ。見守ってちょうだいね」

 心の中で語り掛けるが、返事はない。事故から5年と言われても最愛の一人息子のいない日がまた1日過ぎるだけだ。「宏祐がいないことが再認識され、むなしさが残る」と明かす。

 ただ事故翌年、大型自動二輪の免許を取り大型バイクを買った。宏祐さんが高校卒業後に乗りたがっていたためだ。

 「一緒に行った場所に、もう一度」。好きなアニメの舞台の茨城県大洗町、戦国武将ゆかりの山形県米沢市などにツーリングした。

 昨年からは「暗い顔を息子に見せたくない。息子が知っている事故以前の自分でいたい」と、何事もなければ2人でやっていたと思われることを始めた。バイクでの御朱印巡りのほか、一緒に楽しんだ釣りやスキーも再開。「ツーリングの時は、バイクの後ろに乗っている気がする」という。

 肌身離さず身に着ける腕時計は、形見だ。「これがあるから近くにいる気がするのかな」

 大洗町では10冊以上あったアニメファンの自由帳に息子の書き込みがあった。「たいしたコメントではなかったが、生きていた証し。思い出の場所巡りは宏祐の生きた証しを探し歩く感じなんです」