宇都宮餃子(ぎょーざ)会が設立されたのは1993年7月。市内の専門店や自家製ギョーザを扱う中華料理店など38店がスクラムを組んだ▼仕掛け人は、宇都宮市商工観光課長補佐だった沼尾博行(ぬまおひろゆき)さん。小社刊行の「宇都宮餃子公式ガイドブック」には、同会の初代会長で宇都宮みんみん店主の伊藤信夫(いとうのぶお)さんとの対談が掲載され、草創期の様子を知ることができる▼沼尾さんが「最初のうちはギョーザの街と言っても、誰も相手にしてくれなかったことだけは事実ですね」と言うと、伊藤さんが「沼尾さんが素人じゃないような発想するから。それで乗ったんですよ。面白いから」と返している▼89年の大谷石採石場跡地の陥没事故で、大谷地区の観光が大打撃を受け、沼尾さんは新たな観光資源づくりに奔走していた。その頃、市職員研修グループが「市の1世帯当たりの餃子年間購入額が日本一」と発表、すぐさま反応した▼各ギョーザ専門店に何度も足を運び、同会設立を働き掛けた。街づくりを手伝うテレビ局のバラエティー番組とタイアップ。餃子像を作るなどして全国的に有名になり、ギョーザ目当てに多くの観光客が訪れるようになった▼沼尾さんは先日74歳で永眠した。市職員OBは「行政マンらしくない独特の嗅覚と突破力があった」と評する。まいた種は今、見事に花開いている。