2045年。東京電力福島第1原発事故に伴い福島県の中間貯蔵施設で保管する除染土を、県外で最終処分すると国が約束した期限の年である。環境省のアンケートでは「知らない」と答えた人が同県外では8割に上った▼残り23年。いまだ候補地探しは始まっていない。国は理解の醸成が必要として、全国で対話集会を始めたが、理解が深まったとは言い難い▼集会で識者は「社会にとっては必要でも、自分の家の近くは嫌という思いは誰にもある」と語った。その通りだろう。わがこととは捉えられず、結果、震災以上に忘れ去られているのではないか▼原発と目と鼻の先で生まれ育ち、高校2年生で被災した清水葉月(しみずはづき)さんは県外に避難後、体験を周囲に話せず、苦しんだ。対話の重要性を感じ、子どもたちを含め震災や防災について語る場づくりに携わる▼宇都宮市で講演した清水さんが問い掛ける。「何も話し合わないまま期限を迎えて、もしかして(処分場は)ここになるかもしれない。それで受け入れられますか」。どこに決まるにしても、納得のいく十分な議論が不可欠だと改めて気付かされる▼家庭で、地域で、職場で。顔の見える関係の中から話を始めることで「未来につながる何かが生まれると思っている」と清水さん。11年目を迎える被災地からの声が胸に刺さる。