車塚古墳から出土した長胴かめ

長胴かめの復元図(提供写真)

車塚古墳から出土した長胴かめ 長胴かめの復元図(提供写真)

 【壬生】壬生甲の国史跡「車塚古墳」で発見された須恵器のかめの形態や配置などが20日までに、町教委の調査で判明した。墳頂部に50個もの装飾用の「長胴かめ」が並んでいたと推測され、町歴史民俗資料館の君島利行(きみしまとしゆき)学芸員(62)は「古墳時代終末期、埴輪(はにわ)の代わりに長胴かめを幾重にも飾った古代下野国の権力者の墓の姿が明らかになってきた」と説明している。

 同古墳は7世紀ごろに築造された国内最大級の3段の円墳で直径84メートル。2014~16年にかけ、町と茨城大、東京学芸大が合同調査を実施。本年度、発掘調査報告書の刊行を予定しており、今回の発見は資料などの精査の過程で判明した。

 当時の調査で須恵器のかめの破片が多数発見され、装飾用として飾られていた可能性が高いと指摘されていた。須恵器は窯で焼き締めた土器で、朝鮮半島から伝わったとされる。