10月に96歳で亡くなった広島の被爆者で、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員の坪井直(つぼいすなお)さんは、かつて被爆を理由に結婚に反対され、恋人と心中を図ったことがあった▼その体験をフランスのヤン・アルテュスベルトラン監督の記録映画「ヒューマン」で自ら語っている。「私が原爆を受けたために、相手の両親からも(結婚に)大反対されたのです」▼坪井さんと恋人は山中で一緒に睡眠薬を飲むが、死にきれず目が覚める。「(その時)2人で本当に泣いたんです。この世で一緒になれず、あの世で一緒になろうと思っても、それもできなかった。私たちの運命は悲しいじゃないか、と」▼坪井さんは7年半後、双方の両親の許しを得て結婚する。「私たちは何か苦しいことがあっても、あのときのことを思えば我慢できた。けんかをしたこともない」と振り返っている▼「ヒューマン」は世界の普通の人々が、カメラに向かって恋愛や子ども時代や母親について語る映画だ。ここに登場した坪井さんには、核廃絶という巨大な目標に取り組んだ闘士の面影はない▼坪井さんは、被爆者であることが結婚や将来の妨げとなり死を決意したとき、どれほどの絶望を覚えたことか。生涯訴え続けた「ネバーギブアップ」の言葉が、いかなる深みから発せられたかに気付かされる。