男体山山頂付近の岩場を進む田名網忠吉さん=2013年8月4日

40年をかけ、男体山登山1200回を達成した田名網さん(中央)と家族や登山仲間

自宅を訪れた石川さんと談笑する田名網さん=2月11日、佐野市葛生西(石川さん提供)

男体山登山通算300回、登山回数を表す二荒山神社の札を手にする田名網さん=1993年7月

500回の男体山登拝を達成した田名網忠吉さん(左から4人目)=1996年7月、男体山山頂

自ら番付札を掲示する登頂1046回の「横綱」田名網さん=2006年6月

男体山山頂付近の岩場を進む田名網忠吉さん=2013年8月4日 40年をかけ、男体山登山1200回を達成した田名網さん(中央)と家族や登山仲間 自宅を訪れた石川さんと談笑する田名網さん=2月11日、佐野市葛生西(石川さん提供) 男体山登山通算300回、登山回数を表す二荒山神社の札を手にする田名網さん=1993年7月 500回の男体山登拝を達成した田名網忠吉さん(左から4人目)=1996年7月、男体山山頂 自ら番付札を掲示する登頂1046回の「横綱」田名網さん=2006年6月

 日光市の霊峰・男体山(2486メートル)に前人未到の1223回登頂し、「男体仙人」の異名を取る佐野市葛生西2丁目の田名網忠吉(たなあみちゅうきち)さんが12日、病気のため亡くなった。96歳だった。田名網さんを慕う山岳関係者からは「100歳での登頂を期待していた」「われわれのかがみだった」と惜しむ声が相次いだ。

 田名網さんは1925年、同市生まれ。地元の会社で働いていた30代前半に登山を始め、46歳で男体山に初登頂した。定年退職後は登頂の機会が大幅に増え、80歳で千回を達成。脳梗塞を克服し、2014年に89歳で1223回目の登頂を果たした。