故野並茂吉(提供写真)

シウマイ像の除幕式で崎陽軒の野並直文社長(右)や晃専務(左)と写真に収まる渡辺ツヤ子さん

故野並茂吉(提供写真) シウマイ像の除幕式で崎陽軒の野並直文社長(右)や晃専務(左)と写真に収まる渡辺ツヤ子さん

 【鹿沼】崎陽軒の初代社長、野並(旧姓渡辺)茂吉とはどのような人物だったのか。

 1964年発刊の自伝「シウマイ人生」によると、茂吉は1888年9月20日、上都賀郡加蘇村(現加園)で父渡辺富三(わたなべとみぞう)、母ミツの次男として誕生。宇都宮市の和菓子屋に奉公した後、全国を放浪し、26歳の時に久保(旧姓野並)コトの養女千代と結婚した。コトの名義で認可された「崎陽軒」で、茂吉は1915年10月に支配人に就任。23年の関東大震災を乗り越えながら「横浜に新名物を」という思いで研究を重ね、28年3月、一折50銭の「横浜崎陽軒のシウマイ」を誕生させた。