今から106年前、足利市巴町に誕生した足利裁縫女学校。それが、私たちが通う白鴎大の前身だった。新連載「県南いいね散歩」の初めの一歩は、その発祥の地から歩き始めよう! …でも、そのプラン実現の前には、まさかの厚い壁が立ちはだかっていた。

 ちょうど1年前の今頃、私たちはまず小山市の現・白鴎大で、校史の資料をかき集めた。ところがなんと、発祥の地が巴町の何番地だったのかがいくら探しても載ってな~い。

初代校舎&第1期卒業生ら

■人の優しさ

 仕方なく、100年前の裁縫女学校と縁がありそうな一帯の寺や神社、足利市役所の資料館等を訪ね歩いた。どこへ行っても、親身になって一緒に資料を探したり、知人の方にも聞いてくださったりと皆さんの優しさは最高に「いいね」だけれど、肝心の収穫は得られない。

 ついに今年5月7日、「巴町X番地/私たち、一体どこで誕生したの?」という見出しの記事を地元の地域紙「両毛新聞」に載せ、市民の皆さんにダメ元で情報提供をお願いしてみた。す・る・と!

 「以前私が住んでいた家の地主さんが、たしかここは裁縫学校の跡地だと言っていた」--と、読者のHさん(77)からお電話が!

 早速、現場に行った。草木に囲まれた瓦屋根の家、砂利敷き駐車場。跡地である決め手は特にない。

 と、その時。隣家のおじいさんが私たちに言った。「ここで近所の女子を集めて裁縫を教えるような学校を始めたっての、聞いたことあるよ」。えーっ!

 すごい二つの重要証言。でも、閉鎖謄本も残っていない。何か裏付け史料は無いの? 今度は両毛新聞社の配達員さんから通報が来た。古い「足利教育史関係資料」という冊子を、市立図書館の奥の一般公開されていない書棚で見たと言う。

■証言と一致

 5月20日。特別な手続きで借り出したその冊子を、ゼミ室で恐る恐る皆で開いた。--あったァ! Hさんたちの証言とピタリ一致する番地の記述!(その瞬間の私たちの歓喜の動画、このコーナーのインスタグラムでご覧くださいっ)

 そこに載っていた出典を足利市教育委員会文化課に問い合わせ、いよいよ情報の大本に迫る! 数日後、文化課から連絡を頂いた。「見つかりました」。駆けつけた私たちが目にしたのは、大正時代の古地図(インスタグラム参照)。そこには、今まで得られた情報通りの場所に「足利裁縫女学校」の文字が載っていた。長い長いハードな散歩が、報われた瞬間だった。