線香を上げた後、兄弟地蔵をそっとなでる菅原さん=7日午後、小山市間中

 2004年9月、栃木県小山市で幼い兄弟が思川に投げ落とされ殺害された虐待死事件は、12日で17年。2人の供養のため置かれた「兄弟地蔵」の清掃ボランティアに励む同市西城南4丁目、元民生委員の菅原清子(すがわらきよこ)さん(76)は、時がたつ早さをかみしめている。高齢による活動の限界が頭をよぎり、協力者探しもコロナ禍でままならないが、「風化させたくない」との思いは変わらない。次世代への語り部にもなるべく、菅原さんは足を運び続ける。

 7日夕。新間中橋下流、思川左岸の堤防上にある兄弟地蔵の前にしゃがみ込んだ菅原さんは線香を上げ、手を合わせた。

 左右6本ずつ供えた花は造花で、季節ごとに取り換えている。「生花は枯れると見栄えが悪いから」。ミニカーやぬいぐるみなど訪れた人が地蔵の足元に置いたおもちゃは、徐々に数が増えている。「生きていたらもう大人なのにね」。

 命を奪われたのは小林一斗(こばやしかずと)ちゃん=当時(4)=と、隼人(はやと)ちゃん=同(3)=兄弟。同居の男に虐待を受けた末、旧間中橋から夜の思川に投げ落とされた。兄弟地蔵は事件後、匿名の人物により現場近くの河川敷に置かれ、その後今の場所に移された。

 根っからの子ども好きという菅原さん。活動のきっかけは事件から3カ月後、桜の植栽活動への参加だった。隣が兄弟をしのんで植えられた桜だったことに、何かの縁を感じた。

 兄弟地蔵から北に約200メートルの堤防上に桜はある。今では苗木は幹太く成長し、春には淡紅色の花を咲かせている。「立派になったね」。菅原さんは桜を眺めて、ぽつんと言った。

 年齢を重ねるに連れ脚が悪くなり、続けられるかと不安が増えた。これまで協力を申し出た人たちは次第に来なくなってしまったという。加えてのコロナ禍だ。「感染の心配もあるし、やっぱり誰かと協力するのは難しいのかな」と、葛藤を抱えながら足を運んでいる。

 清掃中、通行人から声を掛けられることも多い。先日は事件を知らない女子高生7人に経緯を教え「絶対に虐待なんかしちゃ駄目」と言い聞かせた。「全国で児童虐待が増えているのも胸が痛い。だからこそ若い世代に語り継いでいきたい」。思いを原動力に、菅原さんは事件の風化から兄弟を守り続けている。