「東京も山あり谷ありの丘陵地帯で、自分がでこぼこしたところに立ち暮らしていたのですね。(中略)その上に建っていて、今まで厳然と見えていた家などというものは、あれは地面の飾りのようなもので、…」(「私の旧約聖書」)▼作家の色川武大(いろかわたけひろ)は、空襲で焼け野原になった東京にしゃがんで見た風景を、自らの原体験として繰り返し描写した。“飾り”がなくなった「地面というのは、泥だ」という認識、その「もとっこ」に立ち返ることが原点だという▼この夏の各地の水害の惨状は、この描写を思い起こさせた。作家の感性が飾りと見た家や田畑は、一夜にして泥に覆い尽くされた▼土石流が流れ下った地形は、古い集落、新興住宅地を問わず似通っていた。穏やかな小河川と川沿いの道路、道路沿いの家屋や田畑。周囲には緑あふれる低山。どこにでもある日本の風景と言っていい▼しかし、水はただ低きに流れ集まる。その動きを左右するのはひとえに傾斜と高低差だ。普段、むき出しの地形を意識することは難しい。ただ地域の特性としてのでこぼこと、そこに起きる災害の様態は実は、古くからさほど変わりがない▼地球温暖化の影響で、想定外の出来事はもう日常になった。作家の観察眼には及ばずとも、自分が住み暮らす地域の危険性を認識し、備えておきたい。