「パラ選手はとてもフレンドリーに接してくれる」と語る加藤さん。後ろに見えるのが選手村=1日午後、東京都中央区

ボランティアとして活動する卓球会場の東京体育館を示す久保田さん。「夢のような日々を過ごしている」と話す=1日午後、東京都渋谷区

「パラ選手はとてもフレンドリーに接してくれる」と語る加藤さん。後ろに見えるのが選手村=1日午後、東京都中央区 ボランティアとして活動する卓球会場の東京体育館を示す久保田さん。「夢のような日々を過ごしている」と話す=1日午後、東京都渋谷区

 東京パラリンピックの選手村や競技会場で、本県出身のボランティアが「大会の顔」として活躍している。宇都宮市出身で宇都宮大4年加藤(かとう)めぐみさん(21)と佐野市出身の東京都荒川区、会社員久保田敏行(くぼたとしゆき)さん(57)だ。コロナ禍での参加に葛藤もあったが、パラ選手の明るさや親しみやすさ、不屈の精神力などに触れ、「共生社会」の実現を一層強く感じられるようになっている。

 「自国開催のオリパラに関わりたい」と考えた加藤さんの担当は、選手村で選手の要望に応える「ホテルのフロントのような仕事」。留学で培った英語力を生かし、東京五輪の選手村でも活動した。

 印象的だったのは選手の「明るくフレンドリーな姿」。同じパラに関わる仲間として接してもらえ、オリパラの風物詩「ピンバッジ交換」を何度も経験した。

 8月31日昼、チェコのアーチェリー代表ダビド・ドラホニーンスキー選手(39)がタオルに包んで何かを持ってきた。「君たちのおかげ」。中に個人戦で獲得した金メダルがあった。

 自らに感謝が向けられ、初めて目にする金メダル。持たせてもらい、「感動と喜び」で手が震えた。

 活動前、障害のある人と触れ合ったことが少なく、少し張っていた気持ち。選手の姿に触れて、ほぐれ「障害は個性だ」と思えた。

 コロナ禍で迎えた異例の大会。一時は辞退も考えた。それでも今は「参加して本当に良かった」と考える。入構証のストラップに各国選手と交換した11個のピンバッジが輝く。友情の証は「一生の宝物です」。

 久保田さんは卓球会場の東京体育館で選手の誘導などを担う。

 自らの力の限界に挑み続ける選手の姿、技術や運動能力の高さに目を見張った。「五輪と変わらない」と感じた。エジプト代表の選手は口にくわえたラケットで、強烈なスマッシュを放った。不屈の精神力で修練しなければできないプレー。胸が熱くなった。

 試合が終われば選手は自ら片付けをし、荷物を持って移動する。「特別扱いは求めていない」と悟った。

 前回の東京五輪があった1964年に生まれ、ずっと、そのことを意識し生きてきた。今、「2020東京」を間近に目にする。一生に一度の「夢のような日々」と感じている。