ペリカンマークがシンボルの銀座通り商店会アーケード

 【栃木】戦後から「銀座通り」として市民に親しまれてきた市中心部の県道75号で9月2日、アーケードの撤去工事が始まる。約60年間、雨や日差しから買い物客らを守ってきたが、老朽化でその役目を終える。銀座通り商店会の江田喜久雄(えだきくお)会長(67)は「市内で最後のアーケード商店街だった」と名残惜しそうに話している。

 銀座通りは江戸時代、「西横丁」と呼ばれ舟運で栄えた蔵の街を支えた。戦後は魚や果物の小売店などが軒を連ねた。アーケードは1962年、通りの南側で発生した火災の復旧工事を機に設置された。幅3メートルの歩道を覆うように約80メートル続く。各店舗がそれぞれ設置したため、屋根の高さや厚さがふぞろいなのが特徴だ。

 設置当初は約40軒の店が並び、「毎日がお祭りのような人出だった」という。しかし、県道栃木環状線の開通などで人の流れが変化。現在は16軒に減った。

 アーケードとともに、各店舗の看板の隣に取り付けられている銀座通り商店会のシンボル「ペリカンマーク」も姿を消す。マークは65年に公募したデザインで、同会の頭文字「G」をモチーフにプレゼントをくわえたペリカンを描いている。

 通りで最も古く、創業から約180年の歴史を持つ釣具店「よろ幸」の店主松本健治(まつもとけんじ)さん(81)は「マークがなくなるのは悲しい。何らかの形で残したい」と惜しんでいる。

 撤去後の壁面には瓦の装飾を施し、周囲の景観になじませる方針。日よけなどの設置は各店舗の判断に委ねる。

 一方、通りは山車が蔵の街を巡行する「とちぎ秋まつり」で、高さ約9メートルの江戸型人形山車が電線を避けて通過しなければならない難所。アーケード撤去後は電線地中化が検討される。江田会長は「(通り西側の)巴波(うずま)川に架かる幸来橋で山車を披露しやすくなる」と期待する。