麻薬探知犬「ビッグ」の写真を眺めながら思い出話をする小林さん(左)と増山さん

麻薬探知犬だったビッグ(小林さん提供)

麻薬探知犬「ビッグ」の写真を眺めながら思い出話をする小林さん(左)と増山さん 麻薬探知犬だったビッグ(小林さん提供)

 【小山】7月の本県への赴任を機に、亡き“相棒”への思いが募った。横浜税関宇都宮出張所の小林憲勇喜(こばやしのりゆき)所長(55)は31年前、麻薬探知犬とコンビを組む「ハンドラー」だった。相棒は市出身、ラブラドルレトリバーのビッグ。成田空港で4年間、共に水際の摘発に当たった。ビッグの退役とともに、小林さんもハンドラーの任を終えた。それから約27年。ビッグの育ての親を初めて訪ねた。面識のなかった2人は、ビッグの思い出話に花を咲かせた。

 小林さんは麻薬探知犬を扱う姿に憧れ1990年、24歳の時にハンドラーになった。東京税関の麻薬探知犬訓練センター室に異動し、コンビを組んだのがビッグだ。主戦場は成田空港。入国検査場や荷さばき場などで薬物の密輸入に“鼻”を利かせた。ビッグは人の爪の先に付くようなかすかなにおいをかぎ分けた。4年間、苦楽を共にした。

 94年1月。麻薬探知犬になり6年目のビッグが秋に退役すると上司から告げられた。「一緒に働けないなら意味がない」と、小林さんは異動願いを出した。

 別れの日は普段通りだった。同6月末の夕、犬舎でビッグにえさをあげた。食べ終えたのを見届け、「バイバイ」。退役したビッグは、飼い主の元へ帰った。情が湧かぬよう連絡は取らなかった。しばらくして「ビッグが死んだ」と同僚から聞いた。

 育ての親は羽川、すし店経営増山治夫(ましやまはるお)さん(69)。約33年前、地元の小学校に迷い込んだイヌを引き取った。体が大きく「ビッグ」と名付けた。当時、イヌの競技会に参加していた増山さんは、知人の勧めでビッグを麻薬探知犬にしようと訓練を重ね、東京税関に送り出していた。

 「そういえば小山出身だったな」。7月の本県赴任が決まり、小林さんはビッグを思い出した。同僚に増山さんの連絡先を聞き、連絡した。盆入りの8月13日、増山さんが経営するすし店を訪ねた。現役時代のビッグの写真を2人で眺め、「懐かしい」と笑い合った。

 多くの麻薬探知犬を育てた増山さんだが、ハンドラーと会うのは初めて。「よく訪ねてきてくれた。知らない者同士が30年前の話で盛り上がれるのはいいね」。ビッグとの日々を「税関人生の原点」とする小林さん。「ビッグがつないでくれた縁。きっと天国で喜んでいる」と話した。