満蒙開拓団について調べている和気さん=13日午後、矢板市内

 栃木県矢板市木幡、矢板東高3年和気慶幸(わきよしゆき)さん(18)は、第2次世界大戦までに旧満州(現中国東北部)へ移住した「満蒙(まんもう)開拓団」について調べ、関係者の証言などを集めている。同校の授業で開拓団について調べたことをきっかけに、これまで約20人と面会や手紙のやりとりなどをした。和気さんは関係者の高齢化に危機感を募らせており、「話が直接聞ける時間はあまり残されていない。自分が第二の証言者となりたい」と意気込んでいる。15日は終戦記念日。

 同開拓団は、1932年の満州国建国ごろから45年の終戦までに日本から移住。約27万人が海を渡ったが、敗戦時の旧ソ連軍の侵攻や集団自決、難民としての収容所生活などで約8万人が亡くなったとされる。

 和気さんは映画「火垂るの墓」などを見て小学生の時から戦時中の生活に興味があった。同校では1、2年生時に「探求」の時間を使い、戦争をテーマに原爆や真珠湾攻撃などについて調べた。その中でかつて親戚が同開拓団として移住を検討したことなどから、開拓団について掘り下げた。3年生になってからは個人的に調査を進めている。

 那須町の90代の関係者から話を聞いた際は開拓団に関わった人の高齢化を痛感。元開拓団の人や関係団体から紹介を受け、本県や北海道、東京、兵庫などの関係者らとやりとりをした。

 旧ソ連軍から逃げる際、女性と分からないよう頭を丸刈りにして顔に墨を塗ったという女性の話や、集団自決で偶然生き残った男性が語った軍国教育の恐ろしさなどが印象的だという。

 和気さんは「将来は映像に関係する仕事がしたい」と話す。集めた証言などを基に、「開拓団のことを継承できるような作品が作りたい」と話している。