イチゴを頬張る11カ月の時の咲子さん

清水咲子さん(本人提供)

清水みどりさん

清水咲子さんの年表

イチゴを頬張る11カ月の時の咲子さん 清水咲子さん(本人提供) 清水みどりさん 清水咲子さんの年表

 2016年リオデジャネイロ五輪競泳女子400メートル個人メドレーで8位入賞し、先日現役引退を発表した大田原市(旧湯津上町)出身の清水咲子(しみずさきこ)さん(29)。母みどりさん(61)に子育てを振り返ってもらった。

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 咲子は2人きょうだいの妹で、4月生まれ。ずっと花が咲くように、いつも笑っている人生を送ってほしいと名付けました。

 身長156センチと競泳選手としては小柄ですが、産まれた時も身長50cm、体重2505グラムと小さく、体重が足りなくて一緒に退院できませんでした。でも健康に育ち、引退まで大きなけがもなく過ごすことができました。

 私は看護師として病院で働いてます。咲子が生後2カ月の時に職場復帰し、咲子は職場の託児所に預けました。その後は夜勤もありましたが、あの頃はみんなそうやっていて、子どもたちもそういうもんだと思って育っていたようです。

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 咲子が水泳を始めたのは4歳ごろ。3歳上のお兄ちゃんが通っていたイトマン大田原(現・スウィン大田原スイミングスクール)に入りました。お兄ちゃんの練習に連れて行っていたから、自然と咲子が「やりたい」と言い出しました。赤ちゃんの時から託児所で水浴びをしていたからか、水は全く怖がりませんでした。

 6歳の頃に育成コースになり、月曜日以外は毎日スイミングに通う生活に。そこからは毎日が水泳漬けです。咲子は前日にスイミングの用意をして、バッグを玄関に置いていました。

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 手の掛からない子で、普通に育てたらオリンピックに出る子になったという感じです。外遊びが好きで、おとなしい子ではなかったですね。お兄ちゃんはのんびり、慎重ですが、咲子はパッと決めるタイプ。いろんなことに興味を持ち、何でもやりたがりました。イベント好きで、家族の誕生日には張り切って部屋の飾り付けをして、プレゼントをくれました。

 運動神経は良かったと思います。小学校入学前にお兄ちゃんが自転車に乗るのを見て、数回で補助輪なしで乗れるようになりました。マラソンも早かったです。

 小学生の時にそろばんやピアノ、英語と一通り習い事はしましたが、水泳以外はものになりませんでした。子どもが本当に好きか、楽しんでやっているかを見極め、楽しんでできる環境をつくってあげることが大切だと思います。