「17才のキミへ 希望と再生のスクラム」の表紙

東日本大震災被災地で取材するシギー吉田さん=2011年6月、宮城県石巻市、曽根賢さん撮影

「17才のキミへ 希望と再生のスクラム」の表紙 東日本大震災被災地で取材するシギー吉田さん=2011年6月、宮城県石巻市、曽根賢さん撮影

 「松葉づえのカメラマン」として知られる壬生町出身のシギー吉田(よしだ)(本名・茂樹(しげき))さん(57)=東京都在住=は、半生をつづった自叙伝「17才のキミへ 希望と再生のスクラム」を電子書籍で出版した。吉田さんは佐野高ラグビー部時代に頸椎(けいつい)損傷の大けがを負い、一時首から下が動かせなくなった。過酷なリハビリと挫折を乗り越え、カメラマンとなった不屈の生きざまを通じ、若者たちに力強いエールを送っている。

 1982年3月27日、当時17才だった吉田さんはラグビーの練習中、事故に遭った。「仲間ともう一度ラグビーをしたい」という一心でリハビリに励み松葉づえで歩けるようになったが、二度とラグビーができない現実を突き付けられ失意の底に沈んだ。

 医学部への挑戦や渡米を経て写真に引かれた。「希望が失望に変わった時、簡単には切り替えられなかったが、悩む中で新しい希望に出合えた」と振り返る。松葉づえを相棒に、カメラを抱え、パレスチナ自治区ガザや東日本大震災被災地を取材して回った。

 自叙伝執筆のきっかけは、2012年の母校での講演だった。壇上から見る高校生がかつての自分や仲間に重なった。「17才だった自分や仲間、これから17才になる息子への手紙を書こう」と思い立った。

 しかし「運良く治った自分が自叙伝を書いていいのか」というためらいや、つらい記憶を思い出す苦しみから、何度も中断した。

 出版を諦めかけていた18年、けがをした試合でスクラムを組んでいた山田徹(やまだとおる)さんと36年ぶりに再会した。事故の後悔とトラウマ(心的外傷)が、山田さんの人生も変えたことを知ったことが転機となった。

 「この物語は自分だけでなく仲間たちの物語だと気付いた。あの頃の自分たちのように希望を失っている若者がいるならば、少しでも役に立ちたい」。その思いが完成へと後押しした。

 吉田さんは「本を通じて栃木でお世話になった人たちに感謝の気持ちを伝えられたら」と喜ぶ。新型コロナウイルス禍を生きる今の17才には「大変な時で苦労していると思うが、その経験は未来の希望に進むための物語となる」と応援した。

 電子書籍は下野新聞社から。税込み880円。