集大成の舞台で最高の走りを誓う増田成幸=3月27日、真岡芳賀ロードレースより

 「オリンピック楽しみにしてるね」

 強化合宿中、自宅から送られてくる衣類などの小包の中にはいつも、長男(9)長女(6)からの手紙が添えられている。純粋な気持ちに勇気づけられる。「原動力になっている」

 波瀾(はらん)万丈の競技人生だ。数々の苦難に直面し、乗り越えてきた。大学卒業後の2008年、レースで落車し骨折。この最初の大けがが「ターニングポイントだった」。

 退院までに要した日数は40日。病院の天井を見つめながら「もう復帰できないかもしれない」と途方に暮れた。ところが死ぬ気でリハビリに励むと「前より強くなってレースに戻れた」。その後も腰の骨折など大けがをしては復帰を繰り返し、バセドー病からも復活。カムバックのたびに力を増していく。いつしか「不死鳥」と呼ばれるようになっていた。

 スプリントに命を懸け、アルプス山脈を疾走し、最速を追求する男たち-。「自転車、かっこいいな」。映像で見たツール・ド・フランスに魅了された高校1年がスタートラインだった。

 リオデジャネイロ五輪は実力が認められてプレ五輪で現地コースを走り、五輪への決意を一層強めた。東京五輪代表選考は宇都宮ブリッツェンがチームぐるみで後押し。最高峰のステージに手が届いた。

 14歳で感じたあの感動を忘れない。1998年長野冬季五輪。「日の丸飛行隊、すげぇな」。学校でまねごとをして憧れた。スポーツは人々にエネルギーを与えると、身をもって知った。だから思う。「一生懸命やれば感じてもらえるものがきっとある。子供たちに夢を与えられたらいい」

 【プロフィル】ますだ・なりゆき 1983年生まれ。仙台市出身。宮城・東北学院高-日大。チームNIPPOなどを経て2011年に宇都宮ブリッツェン加入。13年に海外移籍し、翌年復帰した。19年全日本個人タイムトライアル王者。176センチ、61キロ。