グリム童話の「幸せなハンス」は、物々交換で大金持ちになる「わらしべ長者」を逆にしたような話である。奉公の年季が明けた主人公が、郷里に向かう途中の出来事が書かれている▼給金にもらった大きな金の塊を馬と換え、それを牛、次いで豚、ガチョウ、大きな石に換え、そのたび「何て得をした」と喜ぶ。最後は井戸に落としてしまうが「神様は重い石から解放してくれた」と感謝し、身一つで母の元に戻る▼考えさせられる話である。はた目には資産価値が下がる一方なのになぜ「幸せ」なのか。宇都宮大名誉教授で日本グリム協会会長の橋本孝(はしもとたかし)さん(86)が解説してくれた▼「死んだらあの世に何も持っていけない。裸で、母という大地に戻っていくのが一番の幸せなのです」。童話を広く日本に伝え、日独友好に貢献したとして今年、ドイツの一等功労十字章を受章した▼欧州において動乱の時代だった19世紀、ドイツ人のアイデンティティーを求めてグリム兄弟が国内の昔話を収集し、編さんして童話はできた。「奥が深い。現代にも通じる愛と智を説いた哲学書だと思う」と語る▼8年前には自ら翻訳して210話からなる全集を出版し、グリムの里づくりを進める下野市でも長年、市民講座を続ける。改めて読み返せば、幼い頃とは違った新しい世界が見えてきそうだ。