私たちは皆、世間の中で生きている。この「世間」は欧米にはないもので、日本独自の生活の形である-。歴史家の阿部謹也氏はかつて、そう指摘した▼氏によれば、世間とは狭い範囲の人間関係であり要は「しがらみ」。不祥事を疑われた経営者らが「自分は無実だが、世間を騒がせ申し訳ない」と謝罪する。この謝罪は「世間」を知らない欧米人には理解不能らしい▼欧米では、自分の内面を見つめ罪を告白して許しを請うキリスト教の信仰を通じ、「個人」が成立した。日本人はその訳語を明治期に輸入したが実質を理解できなかった。「個人」が確立していないからだという▼厚生労働省が、裁量労働制で働く人の実態調査結果を公表した。適用外の人に比べ1日の平均労働時間は約20分、週平均でも2時間以上長かった。裁量労働制は長時間労働抑制になると言われたが、結果は逆だった▼動機は何なのか。上司も同僚も残業している。サービス残業するくらいでないと社内の信頼、評価を得られない-。つまり定時に帰るのは「世間に申し訳ない」のではないか▼過労死防止だけでなく、少子高齢化対策でも長時間労働解消は必要だ。結婚、出産に前向きになれて、親の介護もできる。新型コロナ禍で在宅勤務が増えたのを、世間ではなく「個人」に目を向ける機会にしたい。