「五輪で感染拡大 86%不安」。先月実施された全国電話世論調査の結果を、本紙はこんな見出しで報じた。新型コロナウイルスワクチン接種が進んでも、くすぶる懸念がうかがえる。こうしたときにこそ、国民の不安を取り除く政治のリーダーの言葉が必要だったのではないか。

 東京五輪を巡る原稿を扱う中で、政治家の言葉に物足りなさを感じてきた。菅義偉(すがよしひで)首相は先月の党首討論で、五輪の大義を巡り「安全安心の大会にしたい」「国民の命と安全を守るのは私の責任」などと通り一辺倒の説明に終始した。一方でワクチン接種には執着した。開催国としての責任を果たすためなのだろうが、やはり言葉が聞きたかった。

 大言壮語は困るが、政治家にとって言葉は最大の武器のはず。方向性を示し、行動することによって支持を広げる。折しも五輪後には衆院選が控える。言葉は薬にも毒にもなるだけに、内容を聞き分け冷静に候補者を見極めたい。“言葉”なき政治家の増加は私たち有権者の責任でもある。