初の五輪で世界の強豪に立ち向かう比江島(中央)=2019年8月の日本代表強化試合ドイツ戦、さいたま市内

 長年、日本代表をエースとしてけん引してきた誇りがある。そして、果たさなければならない約束があった。「オリンピックに連れていくね」。女手一つで育ててくれた母への恩返しが「夢でもあった」。

 だが2018年春、母は突然帰らぬ人に。一層、五輪への決意を強めた。「自分の納得できるプレーができれば、お母さんも幸せに感じてくれるはず」。集大成と位置付けたひのき舞台。天国へ勇姿を届けるつもりだ。

 各世代で記録を残してきたバスケットエリートが五輪を本格的に意識したのは、16年夏のリオデジャネイロ五輪世界最終予選。競技人生の「一つの分岐点」だった。五輪出場は逃したが「五輪を身近に感じられたし、手の届くところまできた感触があった」。

 手応えを得た一方で、19年ワールドカップは世界との差を思い知らされた。強豪を前に、持ち味のリングアタックが見られない。「八村(はちむら)(塁(るい))選手を探してしまった」とボールをすぐに手放した。米NBAウィザーズから一巡目指名を受けたばかりの八村に頼った弱気を後悔した。

 「優しい。セルフィッシュじゃなさすぎる」(ブレックス安斎竜三(あんざいりゅうぞう)監督)という性格は時として長所を打ち消す。だが八村や渡辺雄太(わたなべゆうた)(NBAラプターズ)といった海外組が中心となる五輪では「マークが(海外組以外に)散らばるようにするのが自分の仕事」と個のプレーも強く意識する。

 「この時のためにドライブや1対1を磨いてきたつもり。世界のレベルでもやれることを証明したい」。日本屈指の攻撃能力を誇る背番号6が、母も見守る最高の舞台で輝きを放つ。

 【プロフィル】ひえじま・まこと 1990年生まれ。福岡県出身。京都・洛南高でウインターカップ3連覇。青学大で黄金期を築き2012年に日本代表に初選出。18年、B1三河から宇都宮ブレックスに加入。同年は豪州リーグにも挑戦した。191センチ、88キロ。30歳。