7月5日は、7(な)と5(ご)を語呂合わせした「名護の日」だった。沖縄県名護市の企業や団体などが2009年に制定した▼「なご」という地名の由来は、周辺の海が穏やかなことから、凪(なぎ)が転じたものと言われている。名護市辺野古周辺にも、サンゴ礁や海草が育ち、ジュゴンが回遊する静かな海が広がっていた▼だが、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の移設先となったため、静けさは破られた。さらに埋め立て予定海域に軟弱地盤が見つかり、本島南部の土砂を埋め立てのために大量採取する政府計画が持ち上がった▼本島南部は太平洋戦争末期の沖縄戦の激戦地だ。戦没者の遺骨が眠る土砂が埋め立てに使われる恐れがあるとして、沖縄県議会は、土砂を使用しないよう求める意見書を可決。玉城デニー知事は、採取前に遺骨の有無を確認する措置命令を土砂採取業者に出した▼沖縄戦では、戦闘に巻き込まれた県民の4人に1人が死亡、犠牲者は20万人以上になる。沖縄戦終焉(しゅうえん)の地、三和村(現糸満市)生まれの写真家大城弘明さんは「採取申請のあった場所の近くには慰霊の塔や住民が集団自決した壕(ごう)もある」と話す▼一家全滅した屋敷跡など戦争の傷痕を撮影してきただけに「南部でも特に戦没者が多く出た地だ。ここで土砂採取を許してはいけない」と訴えている。