東京五輪が近づいている。これまで五輪は多くのヒーロー、ヒロインを生んできたが、今は闘病の末に他界した1992年バルセロナ五輪の柔道金メダリスト、古賀稔彦(こがとしひこ)さんを思わずにいられない。

 古賀さんの訃報が飛び込んできた3月24日、県相撲連盟の益子邦浩(ましこくにひろ)理事長(黒羽高教)を別件で取材していた。「実は教え子なんだ」。開口一番、意外な師弟関係を教えてくれた。

 益子理事長が日体大の武道学科講師を務めていた時、古賀さんが入学してきた。武道学科は柔道、剣道、相撲が必修で、古賀さんに相撲の手ほどきをしたのが益子理事長だった。「身体能力、体(たい)さばきが素晴らしかった」と回想する。

 実戦練習では、まわしを取ることなく払い腰や内股で同級生を圧倒。さらに「当時から大きな大会に出ていたが、授業は休まず、相撲に対しても一生懸命だった」と武道家としての姿勢を評価した。

 そんな古賀さんは東京五輪を見ることなく旅立った。1カ月をきっても、煮え切らない東京五輪の行方。この現状を「平成の三四郎」は草葉の陰からどう見るだろうか。