初の五輪に向けシンクロ板飛び込みでペアを組む宮本(左)と練習する榎本=日環アリーナ栃木

 爪先がすごくきれいだから、飛び込みをやらないか-。恩師のそんな一言から全てが始まった。

 器械体操をしていた小学5年時、練習をたまたま見た作新学院高教諭の故馬場内登志絵(ばばうちとしえ)さんから熱心に誘われた。榎本は「私を飛び込みの世界に導いてくれた」と今も一番の感謝の思いを口にする。

 6年の冬、飛び込みに転向し、馬場内さんの指導の下、めきめき成長した。体操で培った空中感覚やひねりの動作、柔軟性はアドバンテージになった。高飛び込みは中学2年で全国大会初制覇。3年夏には板飛び込みと2冠に輝いた。

 しかしその約3週間後、恩師が42歳の若さで急逝。失意の底に落とされた。

 高校では馬場内さんの教え子、上野太助(うえのたいすけ)コーチとの二人三脚で「日本一練習する」ことを目標に技を磨いた。「普通の選手の3倍はしていた」と上野さんは振り返る。努力はうそをつかない。高飛び込みでインターハイ3連覇、高校2年時は板飛び込みとの2冠を成し遂げ、国内トップクラスの仲間入りした。

 だが再び試練が。筑波大入学間際に肺に腫瘍が発見され、開胸手術を受けた。幸い悪性のものではなかったが、術後の心身のダメージから「引退も考えた」。完全に復活できた頃には大学も最終学年を迎えていた。

 「五輪に出たいんです」。大学卒業と同時に拠点を地元に戻し、松本行夫(まつもとゆきお)コーチに教えを請うた。板飛び込みに専念し、そして勝ち取った夢の五輪への切符。数々の苦難を乗り越えてここまでたどり着いた。「五輪の魔物なんかに負けてらんない」。原点の「きれいな演技」で世界を驚かせる。

 【プロフィル】えのもと・はるか 1996年生まれ。宇都宮市出身。作新学院中-作新学院高-筑波大。筑波大大学院在学中。今年5月のワールドカップで板飛び込みの女子シンクロと個人いずれも8位となり東京五輪代表に内定。県スポーツ協会。165センチ、59キロ。24歳。