一橋大の卒業生有志による「一橋いしぶみの会」は戦争で亡くなった学生・卒業生約840人の足跡を調べ、2015年から大学祭でパネル展示や講演会を開いている▼19年は「一橋の戦没アスリート」と題し、旧東京商科大の運動部で活躍した学友を取り上げた。初日の展示を終えた夜、会の世話人代表、竹内雄介(たけうち・ゆうすけ)さん(70)の携帯電話が鳴った▼1932年ロサンゼルス五輪のホッケーで銀メダルを獲得し、30代初めに中国で戦死した柴田勝見(しばた・かつみ)さんの長女で消息が分からなかった恵美子(えみこ)さんからだった▼家を訪ね、銀メダルや、召集令状が届いた42年3月末から8月に亡くなる2日前まで付けていた日記を見せてもらった。新宿のデパートで小学校に上がる娘のランドセルを買い、入学式に参列。「聊(いささ)か、淋(さび)し」と記した2日後、戦場へ向かった▼10年前の五輪初勝利と同じ日、流れ弾が柴田さんの胸を貫いた。「おとうさん オリンピック選手なんだから そんな弾 よけられなかったのかね」。そう嘆いていた母親は体調を崩し、戦争が終わる前に亡くなった▼新型コロナ禍で五輪開催の是非が問われる中、竹内さんは五輪を扱うことに迷いもあったが「若い人が関わってくれて、やってきたかいがあった」。五輪が開催されても中止になっても、次の時代に伝えるべきことがある。